ショート・ショート 008

生存者 〜 蛙灰皿でっち上げ秘話 〜












          ( * 全て、捲簾大将の一人称で、独り語りです。)


子供時代の環境が劣悪で、通常そのままであれば幼児死亡の一人として厚生関係の資料の数字にしか残らない筈であった子供が、どっこい生き延びるなんてことが、現実の社会にはしばしば起こり得るもんだ。

そういう子供として成長し、成人に達した者は、アダルトチャイルド関連の用語でサバイバー 【 survivor 】 と呼ばれる。 ( * 参照
こういう場合、本人が打たれ強かったというよりも、周囲に誰かしらその子を庇い立てしている者の存在があることが多いものなんだが、その支援者の正体は大抵の場合、本人の祖父または祖母であるってことは、誰にも容易に見当がつくだろう。

ま、簡単に言ってしまえば、その子供が最低限生きてゆけるだけの食料を、親達に内緒でこっそり差し入れている爺さん婆さんが居たというこった。
しかし、天蓬にはそういう存在も無く、差し当たり身内には頼れる味方はただの一人も存在しなかったと聞かされていた。

本人もそう言っていたし、観音の齎す何時もの 『 悪気は無いが相当悪趣味な天蓬情報 』 も常にそれを裏打ちしていたように思う。
そりゃまあ、そんな場合、他人が支援者になっても一向に構わなかったんだろうが、あいつの場合、その容貌と、養父母の 『 将来は男娼 』 という侮蔑の言葉が差し障りになって、年上で食べ物を差し入れてくれそうな大人には、男女を問わず近付けなくなってしまってもいた。
・・・ そんな話を観音とか敖潤に、何かの折に時々は聞かされても居たもんだ。

しかし、それよりも何よりも、そもそも俺自身が、天蓬のあの片意地に振り回されたという経験から、あいつが観音に助け舟を出されるまで、本当に独りぼっちで生き抜いたのだと思い込んでいた。
その後の観音の屋敷での暮らし振りが耳に入るに付けても、それは益々強固な確信になっていったと言える。

それくらい、天蓬は人の情けを受けることに頑なであり、俺の知る限り、当初不本意であったにせよ結果的に全ての弱みを見せてしまった敖潤を頼る以外、この俺様を含めて、人に頼ることなどしたがらない男だった。

だからこそ、俺は単純に信じ込んでしまっていた。
確率的にどれほど低かろうが、天蓬は親戚の家で虐待を受けていた間も、困難な状況を独りで耐え抜いたサバイバーなんだろうってな。

しかし ・・・。







「 なあ、天蓬 ・・・。」
ある日、拘束時間が過ぎ、夕食も終えて、二人して奴の執務室に引き上げた後、例の蛙灰皿を借りながら寛いで煙草を吹かしていた俺は、何とは無しに持ち掛けてみた。
「 この灰皿、いっぺん変えてみないか?」 ってな。
「 たしかに容量は大きいが、吸殻の処理は俺が小まめにしてやるんだしさ、もう、これを使う必要なんて無いんじゃねえのか?」

天蓬は目を丸くしてまじまじと俺を見詰め返した。
「 な ・・・ 何でそんな風に言うんです?」
心做しか声も少々上擦っている。
そんな、人を動揺させるような発言をしたか?俺?

「 何でって ・・・。 これ悪趣味だし、始末してくれる俺が現れたんだから、取替え時だろ?」
「 悪趣味ですって!」
俺のその言葉に一気に天蓬の眉が釣り上がった。
「 違うのか? 少なくとも元帥位のお前の持ち物じゃないと、俺は思うんだが?」

俺がなおも言い立てると、天蓬は、らしくも無い感情の見せ方をした挙句、完全にぶん剥れてそのまま口を利いてくれなくなってしまった。



それから、一週間ほどが経っていた。
今回に限っては俺にも奴を傷付けたという自覚など無いにも関わらず、どういうんだか知らないが今回に限って、天蓬の奴は頑なに怒ったまま俺に接し、仕事上の会話以外の一切を拒否していやがる。

クソっ!ムカつきながら、調練の指導をしている天蓬を眺めていると、後ろから声が掛かった。
「 で? 今度はどんな馬鹿を言って怒らせた?」
俺と天蓬の諍(いさか)いを最初から、俺が原因だと決め付けてものをいう人物 ・・・ つまり、声の主は勿論敖潤に決まっていた。

「 その言い方は何とかならんのか?」
俺が抗議すると、最高責任者様は涼しい顔をして言い返しやがった。
「 上官に対して、何とかならんのか?などというのよりはマシだろうに。
・・・ で、つまり何があった?」

まあ正直言って、何時もの傲慢でふてぶてしいこの上官の態度に、その時の俺は安堵を覚えたのも確かだった。
敖潤の態度は何時もと変わりない。
つまり、天蓬は今度の諍いを、少なくとも敖潤に訴えたりしてはいないってこったよな?

で、安堵したついでに、俺は灰皿の一件を敖潤に話して聞かせた。
未だに何で怒らせたのかが分からない俺は、念のために会話の最初の方から順に敖潤に話して聞かせた。
「 あのふざけた蛙灰皿か。」
敖潤が確認してきた。
「 ああ、あの趣味の悪い奴。」

俺が答えると敖潤は溜息を吐いた。
「 そう ・・・ か。」
「 アレに何か意味でもあるってのか?」
俺は促してみたが、敖潤はただ首を横に振る。
「 私も知らん。 知っているのは、天蓬にあの灰皿が要るということだけだ。」

考えてみればおかしな話じゃないか?
現在の天蓬がモノに執着を見せたという話など、終(つい)ぞ聞いたことがない。
と言って、モノが灰皿では、子供時代の思い出の品と言うわけでも無さそうだ。
「 第一天蓬は、一旦完全に破滅して、文字通り身一つであんたに拾われたんだろうに。」

「 拾ったのではなく、あれが納得して私を頼ってくれたんだ。
でもまぁ、その時には持ち物は何も無かった。 唯一携えていた愛刀は元の贈り主の観音が持ち去っていたし。」
「 しかし、此処に戻ってからの天蓬は恐ろしく物に頓着しないだろうに。
あれ、何時から持っているんだ? 思い入れのある人物からの贈り物か?」

敖潤は矢張り首を傾げたままで居る。
「 贈り物ではなく、自分で買い求めた筈だが? 下界の討伐戦が早めに片付いた折の寄り道って奴だろう。」
寄り道自体が規則違反なのだろうが、この上司は、天蓬が活発に動くことを無条件に喜ぶため、普段からそれを咎めないんだ。

それにしても、自分で買ったにしては、あの拘りようは何だってんだ、とも思った。
何時だったか、部下に私物を壊された時も、天蓬は少しも怒ってはいなかった。
『 物っていうのは壊れるためにあるんです。 さもないと次が売れませんからね。』
などと言いながら部下を慰めていたような奴だ。
部下思いと賞賛される天蓬だが、それもこれも半分ほどは、あいつが物事に深く執着しないことが功を奏していたとも言える。

敖潤は俺の態度に呆れながら去って行ったが、去り際に、「 あれのああいう悪趣味には、余りとやかく言うな。」 とだけ、助言して行きやがった。
「 あの手の悪趣味は、何故か天蓬の憧れのようなものだったのだろうから。」
・・・ だそうだ。

悪趣味に憧れる奴など普通に考えて居ないよな?
何を言ってやがるんだ、と思ったさ。
ただ、一見物分りの悪そうな堅物のこの上司は、こと天蓬に纏わる判断では、外すところを見た覚えがないんだよなあ ・・・?







その数日後の夜、めっきり疎遠になった天蓬を暫し忘れて、久し振りに独りで飲みにでも出掛けようかと企んでいると、天蓬が自分から俺の部屋にやって来た。
ノックの音に開けたドアの前に気まずそうに立っていた天蓬を、俺は黙って仕草だけで部屋に通してやった。
あいつは照れたように、貴方のコーヒーが懐かしくて堪らなかった、などと言い訳をしてみせる。
信じた訳でも無かったが、俺は外出を取り止めて、取敢えず天蓬にコーヒーを淹れてやった。

持って来てやったコーヒーを美味そうに飲みながら、一人で溜息を吐いている天蓬に俺は話し掛けた。
「 で ・・・?」 ってな。
こんな気紛れ猫を相手に、他にどう言えばいいってんだ?
そしたら、あいつの返事もどっこいどっこいで、
「 ええ ・・・。」 だけときた。

それでも結局俺達は何となく元に戻った。
あの時のコーヒーのお陰かどうか、俺達はまた口を利き始め、今では元通りの間柄だ。
尤も、その元ってどんなのだかが俺にも良く分からんのだが ・・・。

兎にも角にもそれが、天蓬と俺との付き合い方だったのだろう。
以前の日常が戻ってきて、俺達はこの付かず離れずの関係を維持し、俺はその後も天蓬の意地っ張りに悩まされ、ふっと見せる優しさに感激し、相変わらずの一喜一憂を繰り返す日々が過ぎていった。







ま、そんなこんなで色々あって更にひと月ほど後、俺はまた二人で煙草を吹かしながら雑談していた折、そのことを思い出し、天蓬にあの時のことを確かめてみる気になった。
「 本当は誰か大切な人の持ち物だったりしたのか?」
俺がそういうと、天蓬は声を立てて笑った。
「 それまで大切な人だったとしても、あんなモノを愛用しているのを知ったら、引いてしまいますよ?」
そりゃそうなんだが、引かなかった奴も、実際此処に一人居る。

「 じゃ、何だったんだ?」
俺がもう一度問い直すと、天蓬はコメカミに指を当てて 「 う〜ん!」 と唸った。
「 自分でも分かり難いんですよ。
養父母の下で飢えていた時代に、僕は男娼呼ばわりを怖れて誰にも助けを求めなかったんです。
ところが、近所でも無愛想で有名な偏屈老人が、僕に半端仕事をくれましてね ・・・。」

どうやらその老人は、天蓬にガラクタを集めて来いと持ち掛けたらしかった。
養父母の監視下で大した自由も持ち合わせなかった天蓬が、偶にゴミの中から使えそうなガラクタを見付けて持ち込むと、老人は僅かな金を持たせてくれた。
大した金額ではなかったにせよ、そのガラクタには不相応な金額であり、天蓬はそれで食べ物を買って、辛うじて命を繋ぐ事が出来たのだそうだ。

「 結局はね ・・・ 」 煙草の煙をふわりと吐き出しながら天蓬は言った。
「 要らなかったんですよ、そんなガラクタ。 僕が施しに対して神経質になっていたので、気遣ってくれていたんです。」
俺はその老人のことを尋ねてみた。
「 まだ元気でやってるのか?」

天蓬は頭を振った。
「 あるとき思い切って立ち寄ってみたら、家は廃屋になっていました。 亡くなられていたんです。
どうしてあれが温情だと気付いた時、直ぐに礼に行かなかったのかと、散々に後悔しました。」
「 そうか ・・・。」

ま、人生なんてそんなもんだろうと俺も思った。
逝った後だから思うのさ、天蓬。 先に会っときゃ良かったってさ。
で、逝くまで思わねえのが、誰しもの持つ弱さってやつだ。

その老人の温情の中で、天蓬が持ち込んだガラクタの一つが、何処ぞの屋敷のゴミとして出されていた蛙の灰皿であったらしかった。

「 でもさ、お前が持ち込んだガラクタは一つじゃなかったんだろ?」
天蓬ははにかみながら頷いた。
「 ええ、もっとです。 僕はきっと、あの人にはうんと迷惑を掛けていたと思います。
でも、優しい人で、僕のちっぽけなプライドのために、家にゴミを持ち込まれることにまで我慢してくれたんでしょう。」

じゃあ、何で蛙灰皿だけを懐かしんだんだ?
・・・ って、それって、やっぱり知りたいよな?
そしたら天蓬は自分からその理由を教えてくれた。
「 老人が亡くなられた廃屋に、あったんです、蛙の灰皿が。 どうやら、それだけは右から左に捨ててしまわないで、愛用していてくれたらしくて ・・・。」

勿論天蓬は、廃屋とは言え、他人名義の家から灰皿を持ち出したりはしなかった。
ただ、真面目な顔をし、普段少々気難しいと思われていた老人が、そんなものだけを手許に残して愛用していたらしいのが、あいつの印象に残ったようだ。
そこで、地上で似たものを見付けたとき、自分にも買って帰ったというのが事の真相らしかった。

きっと、余り感情を見せたことの無かった老人に、思わぬ茶目っ気を見い出した時、天蓬は初めてガラクタの引き取りも自分への思い遣りだと確信出来たのだろう。
それまで、気難しかった老人から、気遣いと言う感情を連想するのが、余りにも困難だったに違いなかった。
そして、天蓬はその老人の気遣いに気付いた時、あのふざけた蛙灰皿までをも好意的に見られる自分の心情にも気付けたということだ。

「 そっか、そういうことか。」 と俺はやっと納得した。
「 しかし、お前が尊敬していた老人のお気に入りの灰皿を、俺が悪趣味とまで貶してしまったのなら、何で自分から仲直りに来たりしたんだ?」

そうだ。 はっきりと口に出した訳ではなかったが、天蓬はあの時確かに自分から折れて来た。
今度は却ってそこが、何となく腑に落ちないよな?

「 決まっているじゃありませんか、捲簾。」
天蓬は静かに、しかし、当然だと言わんばかりの顔付きで打ち明けてくれた。
「 僕が本当に大事にしたかったのは、灰皿ではなく、その老人とのそんな絆だったと気付いたからです。
それなのに、今の貴方との絆まで失うわけにはゆきませんからね。」

言うと、例の灰皿に煙草を押し付けて、些か乱暴に消し潰した。
今の天蓬には、失った絆を懐かしむより、俺との絆を大事にしてくれようという気があるんだなぁと、俺にもやっと確信が持てた気がした。






















〜 外伝2巻 口絵より 〜
   生存者 〜 蛙灰皿でっち上げ秘話 〜

   ショート・ショート 008
   2008/11/11
   written by Nacchan

   無断転載・引用は固くお断りします。

   ブログへのリンク
   http://akira1.blog.shinobi.jp/

   素材提供 : インヴィジブルグリーン
   http://www.h2.dion.ne.jp/~front9/index.html










NOTE :

はい!二次著作の王道、原作に説明の無い事象の、後付けの説明って
奴です! ( そこまで居直ってどうする? (ーー;).。oO( 阿呆じゃ!) )
しかも、みんなが山ほど描いた 『 蛙灰皿秘話 』 です! (-ノ-)/Ωチーン

体調の所為で、難しいことが思い付けなかった事情も有りますが、
やはり、その辺りの行間を描いてみたいって、誰しも思ってしまいますよ
ねえ? で、素直に心の要求に従った結果がこれです。

天蓬が受け役の所為か、悪い意味で女性化されて描かれ、灰皿について
も、『 オネダリ 』 と称する行為で入手したことになっている例が多いため、
却って反発して、辛口の入手に ( しかも、自分で買う!) にしてみました。

何のことは無い、施しが嫌いで、片意地で可愛げのないのは、わたしの
性格のようですね。
や〜れやれ!! (ノ_-;)ハア…