ショート・ショート 002

陰に日向に











          ( * 全て、捲簾大将の一人称で、独り語りです。)


特に用は無かったが、何時もの癖で、天蓬の部屋で煙草でも吸って時間を潰そうと、あいつのところへ入っていった。
最近良くそうしていると自分でも思うが、天蓬の方でも慣れが出たのか、用の無い俺が暇潰しに来た時などは、声も掛けてこない。
俺も何も言わずに、珍しく仕事をしているらしい天蓬の机の端に腰掛けて、煙草を吹かしていた。

構うもんか。 机も灰皿も両方とも、掃除しているのは、この俺なんだから。
そんな気分で、煙を吐き出しながら、天蓬の手許を眺めていたが、どうやら部下の何かの申請を上層に通そうとしているらしかった。

相変わらず、御見事なまでに下手糞な字だった。
天蓬は字や文章は達者に読みこなすが、自分で綺麗に書くことが出来ない奴だった。
字として拙いとかって水準じゃない。 普通こんなもの、字と呼ぶか?という水準なのだ。
どうせ全てを覚えてしまうので、書いて取って置く必要が無いものだから、こいつには文書ってものの有り難味が分かっていないんだ。

自分で書いたメモ書きさえ、自分で判読出来ないという始末だが、そもそも判読する必要が無い。
書いた時点で覚えてしまっているから、天蓬の書いたものを見せられる奴は、暗号のような文書を唖然として眺めながら、問い質した天蓬が文書の向こう側で、それを諳(そら)んじるのを拝聴する羽目になる。

そんな調子だから、そもそも字を書く機会自体が少なく、必要最低限に嫌々取り組むだけで、上達のしようも無かった。
その上、環境だけでも整えればまだしもなものを、今も今とて、机に取っ散らかされた本や文具の上に書類を載せて、不安定な位置で書き込んでいた。

後でこれを、あのクソ真面目な敖潤が読まされるかと思うと、自然と笑いが込み上げて来る。
「 捲簾 ・・・ 気持の悪い。 何を一人でクスクスやっているんです?」
天蓬が顔を上げてそう訊いた。

「 そんなのを敖潤が読むのかと思うと、ついな。」
すると、天蓬が摩訶不思議なことをさらりと言ってのけた。
「 閣下なら、全部ちゃんと読んで下さいます。」
「 冗談だろ?」
奴は俺をじろりと睨んだ。
「 本当です。」

そうなのか? 俺は心底感心した。
流石に人の上に立つ奴ってのは、そういう奇跡のような技まで持っているものなのか?
それとも、敖潤の場合は単に ・・・?
それでも、真面目一筋の敖潤が、この悪ふざけとしか思えない文字を読む姿を思い浮かべると、可笑しくて堪らない。
俺は未だ笑いが止まらないまま、余り構ってくれない天蓬の部屋を出て行った。



そんなことがあった何日かのち、俺は直接、統括本部でちょっとした書類を書き込んでいた。
そこに偶々、本部長だか何だかお偉いさんが通り掛り、後ろからそれを覗き込んだ。
「 西方軍の捲簾大将か。 性格が荒っぽいとは聞いていたが、字も荒いな。」

何を言ってやがるんだと、俺は思った。
天蓬のあの報告書を受け取ってりゃ、今更何にも驚くには当たらんだろうに。
ところが、相手はとんでもない事を言い出した。
「 あの天蓬元帥の部下とは、とても思えん。」

はあ? 何を言ってやがるんだ、こいつは?
あの天蓬の部下なんだからこそ、字が書けるだけでも有り難いと思えよ ・・・ てなもんだ。
だのに続けて、
「 あの人は本当に達筆だな。 良い手をしておられる。」 とまで言う。
何処の天蓬の話だ? それ?

「 内の天蓬元帥が ・・・ でしょうか?」
「 西方軍の天蓬元帥だ。 非常に達筆で、趣が有る。 少々貴族的で書き方が古めかし過ぎる気もするが、出身が名家だと聞いたことがあるからな。」
そいつは全く真剣にそう抜かした。
恐れ入った。
受け取り方とは本当に人それぞれだと、しみじみ思ったね。



あんまり恐れ入り過ぎたもので、戻って来て早速、当の天蓬にもその話を聞かせてやった。
その時、天蓬は敖潤と並んで、調練の様子を見守っていたんだけれど、別に構わないと思った。
天蓬が通常、書類を上げる相手が敖潤なのだから、聞かせてしまっても今更な内容だろう。

現に天蓬も敖潤の前で、屈託無く笑った。
「 世の中には奇特な人も居るもんですねぇ。」
などと、面白がっていた。 一応、悪筆だと自覚はあるらしい。
ところがだ。 横で聞いていた敖潤が、むっとしたような顔で俺を睨み付け、その癖、俺が見返すと顔を背けてしまうじゃないか。

何を怒っているのだろうと訝っていると、天蓬の方に 「 私はもう部屋に戻るので、後を頼む。」 とだけ告げて、さっさと引き返してしまった。
何なんだあいつは?

俺がそう訊くと、天蓬はただニコニコして、
「 閣下は常に僕の味方をして下さるので、字の件でも、人が悪く言うのを好まれないのかも知れませんね。」
だなどと、自分に都合の良い解釈をしてみせた。
ま、敖潤の場合、それもこれもアリっちゃアリなんだけど。

そんなものなんだろうと、俺もその時は思ったもんだ。
斯く言う俺だって、しょっちゅう天蓬を馬鹿だの何だのと罵ってはいるが、他の奴の口から、そう言われたくはないだろう。
それどころか、本来天蓬は、とても馬鹿などと呼べる代物ではないのだから、そう呼ぶ奴が他に居たら、ただでは済まさないに決まっていた。

「 成る程な。」
俺は同意したが、何となく、そのことではないようにも感じていた。
それならそうで、敖潤のような男は、言いたいことははっきりと口に出して言うだろう。
『 捲簾、そういう言い方をすると、天蓬の字が目も当てられん位に悪いように聞こえる。』 とかさ。

その通りというか、それ以上に悪いんだけど、どうせ天蓬のやることには到底、正常な判断力が働いているとは思えない所のある上官だ。
以前、移動直後の俺に、服装がだらしないとか何とか散々に文句を言いやがった折、あんたのお気に入りはどうなんだ、と言い返してやったら、抜け抜けと 「 あれはあれで充分に綺麗だ。」 とまで言って退けた前科もあった。

それにしても、まだ何かが違うとは感じたが、その違和感の正体が分からなかった。
その上、天蓬の奴が上機嫌のまま、「 久し振りに試合ってみますか?」 なんて誘うものだから、俺は奴と試合を始めてしまい、そのことはそのまま忘れてしまった。







意外な出来事で、その時の統括本部での会話を思い出したのは、暫らくしてからのことだった。
定められた日だったのでゴミ出しをしてやろうと、あいつの部屋に行くと、ゴミ箱に手を伸ばした俺に、天蓬がぎょっとしたような顔をした。

「 今日は敖潤閣下の身の周りのお世話をしている者が欠勤なんです。 僕が行って来ます。」
幾ら何でも、軍責任者にゴミ出しはさせられないと、自分で立ち上がって出て行こうとする。

「 ああ、いい。 それも俺がやる。」
一応、本来なら自分が敖潤の副官であるべきだとは、分かっている様子の天蓬に、俺は言ってやった。
「 恋敵とは言え、お前に部屋を荒らされたんじゃ、余りに気の毒過ぎる。」
「 誰が荒らすと言いました?」
引き攣っている天蓬を残して、俺はとっとと部屋を出た。



行く途中で本部に向かっているらしい敖潤を見掛けたが、呼び止めなかった。
その程度の留守なら、部屋に鍵を掛けずに出てゆくのは分かっていたから、たかがゴミ出しのことで一々声を掛けることもあるまい。
俺はそのまま、敖潤のところへ行って、案の定施錠されていない部屋に入った。

世話の者とやらが来ようが来るまいが、敖潤は何時も部屋を綺麗にしている。
他人の服装に兎や角言うだけあって、根っからの綺麗好きで几帳面なのだ。
俺は入って行くと先ず、奥の部屋のゴミ箱を持ち出し、執務机の横にある小さな屑入れの中身を空けた。

その時、揉んで放り込まれていた一枚の紙に目が留まった。
書き損じの書類らしいなと思い、摘み上げて広げてみる。
下から上には盛んに報告書だの何だのを提出するが、所属の上官から部下への命令は大抵口頭なので、俺はその時まで敖潤の筆跡など知らなかった。

ちょっと前に天蓬の悪筆が話題になったこともあって、その直属の上司様がどんな字を書くのかと、つい興味をそそられた。
開いてみると、予想通り、真っ直ぐ書かれたその生真面目さは、如何にもといった風情で敖潤らしい文字だったのだが、それにも増して、ただ行儀が良いというだけの字ではない、かなりの達筆だった。

竜王の第三太子だか何だか、下世話に言うところの王子様って奴だからだろうか。 今時にしては古めかしい位の書体で、もうちょっと違う紙にでも書いてありゃ、立派に美術品とも呼べそうな域に達している。

― 古めかしい ・・・? ―
自分で考えた文句に、自分で反応しちまった。
最近、誰かがそんなことを言ったっけ ・・・ そう思った時、本部で天蓬を評して、そう宣(のた)もうた間抜けが居たと思い出した。

― 天蓬は、余所行きの字を持っていて使い分けをしており、そちらは敖潤に習ってでもいるのか ・・・? ―
一瞬、有り得ないことを考えかけたが、勿論直ぐに違うと気が付いた。
天蓬に限って、字を習おうなどと思い立つような性格では絶対ないし、そもそも字を書くことに興味が無い。

いや。 それより何より、今俺が手にしているこの書き損じは ・・・。
暫らく読み進んでみて、俺にも漸く事の次第が分かって来始めた。
書き損じて捨ててあったのは、討伐戦の実行報告書で、この前に天蓬が敖潤に提出したものだった。

通常敖潤がそれを検分して、了承印を押し、本部に上げるだけで事は済む筈なのだが、それを態々自分で清書して提出していたに違いなかった。
あの時の本部長の口振りからも、敖潤が毎回そうしていたと窺い知れた。

当然に、それを読む本部の者を気遣っての事なんかじゃない。
敖潤には天界軍の上層などクソ食らえの存在であり、気に食わなければ何時だって自身の領地に戻ることが出来る。
誰にも敬意など払ってはおらず、天蓬とはある意味、似たような上官と部下コンビだ。

と言って、自分の名誉のためでも無さそうだ。
悪筆の部下を持つのを恥だと思うなら、天蓬の方を改めさせようとする筈なのだが、あいつには他の事と同様にのんびりとさせている。

・・・ つまり ・・・
天蓬を悪く言われるのが嫌で、本人にも言わぬまま、毎回自分で書き直しては提出していたということだろう。
あいつは何も知らないで、この間の俺の話にも、気楽に笑っていやがった。

一瞬、この書き損じを取って置いて、今度サボりたい時にでも強請の種に使ってやろうかと考えたが、直ぐに考え直して、素直に他のゴミと一緒にして出すことにした。

まあな。
あの男には、普段から馬鹿大将だの、間抜けだの、だらしないのと、散々に文句ばかりを言われてはいるが、その言葉の乱暴さとは裏腹に、何だかんだと優遇されているとは気付いてもいた。

敖潤にしてみれば、俺に天蓬を人質に取られているような気分なのかも知れない。
実際にはそんなことになる訳がないのだが、俺に強く接して天蓬に八つ当たりでもされたら敵わない、とでも思っているのだろう。

それに、最近では中々一筋縄では行かない天蓬に悩まされた時、俺を頼っても来るようだ。
頼るのどうのって言葉遣いじゃない、偉そうな命令調ではあるんだけどな。

「 ま〜〜、見なかったことにしといてやるか!」
声に出してそう呟いた俺は、ゴミ袋を縛って部屋を出ようとして、ぎょっとした。
何時の間にか敖潤が戻って来ており、入り口のところで固まっていた。

「 天蓬に頼まれまして ・・・ ゴミ出しです。」
言いながら、脇をすり抜けようとすると、らしくもない消え入りそうな声で、
「 有り難い。 そうして貰えると大変助かる。」
と、礼を言いやがった。
その語調では、ゴミ出しを労っているんじゃぁないよな?

全く呆れ果てるような律儀さだ。
居直るか、しらばくれれば良いだけの俺に対して、御丁寧なこった。
あんな字を書く名門の王子様が、ここまで純情だとは驚異的だと思った。

だからこそ、天蓬が無条件に信頼を寄せているのだとも、改めて思い知らされたと言うべきだったろうか ・・・?






















〜 外伝2巻 口絵より 〜
   陰に日向に

   ショート・ショート 002
   2008/06/09
   written by Nacchan

   無断転載・引用は固くお断りします。

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   素材提供 : インヴィジブルグリーン
   http://www.h2.dion.ne.jp/~front9/index.html










NOTE :

ショート・ショートの第二弾です。
何時か、もっと増えた時、「 よくぞこんな馬鹿話ばかり、並べたモンだ!」
と、感心(?)されたいと思っています。 川*'-'*川

因みに、わたしの字も、時々書いた本人が判読不能に陥るような代物で、
ワープロの普及以前には、文字で他人に意図するところを伝えることなど
到底出来ませんでした。

今でもやはり、「 何を書いているのだか全く分からん、キチガイの文章だ 」
と言いに来る人がいますので、情勢は然して変わりませんが。^^

まあ、逆にその人のサイトを訪れてみて、御本人が威張り返られる程には、
感心も出来ず、羨ましいとも思えなかったので、見習ったりせず、そのまま
自分の思うように書いています。 y(^ー^)yピース!