見えています









その日は一日中、天蓬とは別行動だった。
俺は動物系の妖怪 ― 妖獣と呼ばれる奴 ― が出現したという通報で、地上の討伐戦を言い付かっていたが、あいつは作戦指令書だけ手渡すと、今回は不参加ですがと言って、ちょっと寂しそうに笑った。

天蓬は、勤務中には身体を動かしたくて仕方が無い方だし、このところ俺と行動を共にするのにも、すっかり馴染んでいる。
幾らか羨ましそうな視線を投げた後、自分も軍服に着替えると、髪を引っ括って、途中まで一緒だと言いながら廊下を付いて来た。

天界での護衛の任に就くためだ。
所謂、要人警護という奴で、敖潤が盾になってやって、塞き止めているのが功を奏して、量は最小限に抑えられてはいるものの、天蓬を脇に立たせるのは体裁が良いというので、相変わらず人気は高かった。

その日も、逃れられなかった依頼を一つ仰せ付かった天蓬は、その任務のために、俺と一緒に部屋を出たのだった。
意に染まぬ仕事ではあったのだろうが、敢えて西方軍の元帥を駆り出し、敖潤の塞き止めを掻い潜って入って来ただけあって、依頼主の身分も高く、半日だけの簡単な護衛という依頼内容だった。

客観的には、苦痛という程の案件でもない。
危険に晒されているという訳でもなく、護衛も寧ろ儀礼的なものだった。
だからこそ、相手は、元帥位にあり、外見的に見栄えのする天蓬を御所望なのだろうが、当の天蓬は能力を発揮するチャンスも無い、このような警護は大の苦手だった。

それでも、その仕事が自分に達するまでに、敖潤がその手の依頼の大半を弾き返していることも、どれほどまでに庇ってくれていたのかも承知しているだけに、受けられた仕事に文句を言うことはなかった。

「 では捲簾、後で。」
そう声を掛けると、兵営の廊下が尽きたところを、宮殿に向かって渡って行った。
「 ああ、今夜は飲もうぜ。」

まあ、あいつにも後のお楽しみってヤツくらいあった方が、張り合いがあるだろうと、俺は酒に誘ってやった。
天蓬は返事をせず、振り返らないまま、右手をちょっと上げて、了解の意志を示した。

そのまま、制服を着た時のあいつが何時もしているように、顎を引き、背筋を伸ばして、大股に歩いて行ってしまった。
見慣れた景色ではあったのだが、それでも俺は、細身で腰から下の長い綺麗な後姿だと、毎度同じような感心の仕方をして見送った。





所詮は知恵の無い動物相手でしかない単純な討伐戦を終えた俺が、天界に戻ったのは夕方だった。
数だけは多かったんだよなぁ、あいつらは。
シャワーを浴びてから、敖潤のところに自分で結果報告に出掛けた。

敖潤の執務室には、着任時の挨拶と天蓬絡みの件で数回入ったきりだ。
敖潤は実務を天蓬に一任しており、自身は上層との折衝と、部下の責任を引き受けるだけに徹していて、現場には余り姿も見せぬ上官だから、その執務室なんてのも、異様に敷居が高い。

こんなところに喜んで出入りを繰り返す物好きは、西方軍の中でも天蓬くらいのものだった。
俺にも充分に苦手意識があって、扉をノックする手が重いと感じた。
「 入れ。」 最初から今日は俺が来ると分かっていて、天蓬に返されるのとは明らかに違う、ぶっきら棒な応答があった。

「 任務完了しました。 報告書を提出致します。」
型通りにそう言いながら、敖潤に目を遣ると、丁度着替えて、コートを着込んでいるところだった。
「 珍しいこともあるもんで ・・・。 一人でお出掛けですか?」

天蓬は俺と飲みに行く筈だし、別に断って来てもいなかったので、この男は一人で行くんだろうと思った。
「 まあな。 報告書は後で読むから机の上に置いておいてくれ。 御苦労だった。」
敖潤は早く失せろと言わんばかりの顔付きでそう言った。

着替え終えた敖潤は、中々良い身形をしていやがった。
天蓬と出掛ける時にも、それなりに格好には気を遣っていたのだろうが、何と言っても行き先が自身の領地や別荘であるため、余所行きとまではゆかない。
しかし、今日の敖潤は上物を着込んでおり、普段しているバンダナも外し、何時もより正式な場所に行くのだと思わせるものがあった。

ただ、御機嫌は余り芳しそうではなかったので、俺も言われた通りに書類を置くと、早々に退散した。



その足で天蓬の部屋を覗きに行った。
ちゃんと昼食を取ったのかどうかも心配だったし、ここ最近、一緒に居る方が普通になったあいつとは、暫らくでも離れていると、何となく物足りないと思うようになってもきている。

例によって、ノックもせずに、「 てんぽー 」 とドアを開けると、あいつはロッカーに向き合って、難しい顔をして考え込んでいる最中だった。
入って来た俺を見ると、一瞬何やら気まずそうな表情を浮かべたが、直ぐに立ち直ってこちらを向き、何時も通りの優しげな微笑みを浮かべて見せた。
「 もう戻ったんですか?」

「 ああ、もう報告も済ませて来た。 お前、何かあったのか?」
俺が顔を覗き込むと、天蓬は一層微笑みを深くした。
「 何にもありませんよ。」
「 昼食取ったか?」
「 ちゃんと食べました。 何故です?」

微かにむっとしている様子が伝わってくる。
そりゃ普段の生活態度が悪いから、いちいち確かめてるんだろうよ。
そう思ったが、口に出すと反発されるので手控えた。
そこで宥めるように、世間話のつもりで先程見た敖潤の事を話してやった。
「 敖潤が珍しく粧(めか)し込んで出掛けようとしてたな。 ああして見ると確かに男前だ。」

「 ええ。」 天蓬は当たり前だと言わんばかりに軽く受け流して頷いた。
「 お見合いですからね。 ちゃんとしていないと先様に対しても失礼ですし。」
「 見合い ・・・?」
俺は内心ぎょっとしたが、顔には出さぬように抑え込んだ。

「 何故知っているんだ?」
「 今朝、御自身で仰いましたから。 夜遅くなるまで帰って来ないが、外泊はしないので、心配しなくて良いと。」
「 ふーん。」
向き合って表情を読まれるのが嫌で、煙草を取り出し、火を点けた。

「 貴方こそ、どうかしたんですか?」
それでも天蓬は俺を見上げて怪訝そうにする。
自身の表情を読まれるのは嫌いだが、読むのは得意なんだよな、こいつ。
「 いや、忘れ物をしたと思ってさ。戻らなきゃ。後でな、天蓬。」
入って来てまた直ぐに出て行く俺を、呆れて見送る天蓬を残して、咥え煙草のまま、足早に部屋を出た。



廊下に出た俺は、ぷっと煙草を吐き捨てた。
これ以上あそこにいたら、天蓬の前で怒りを爆発させてしまいそうな自分が危なっかしくて、逃れ出て来たのだ。
部屋に入った時、あいつがロッカーの前で鬱陶しい顔をしていた訳が分かったと、その時、俺は確信した。

天蓬にあんな哀しそうな顔をさせるとは!
俺は猛烈に腹を立てていた。
他の奴がしたことなら許せもした。 しかし、今回のは違う。
やったのは、天蓬があれ程までに無条件に信頼を寄せていた敖潤なのだ。

そこのところが許せないと俺は思った。
あの天蓬が、だぞ?
まるで笑顔という名の無表情で、気持の全てを覆い隠しているようなあいつが、唯一哀しんだり、苦しんだり、泣いたりを見せられる相手が敖潤だ。
身体を許している筈の俺にさえ見せない姿を、あの男になら見せるまでに慕っている。

さっきだって、俺が入って行くまで落ち込んでいた癖に、俺には微笑んで見せやがった。
俺にしてみれば、そんなのは屈辱以外の何物でもない。
だのに、その落ち込みの原因が、敖潤から、見合いに行くと聞かされていたからだったなんて、知ったからには、ただではおかんと俺は思った。

世間的には同性で家という背景の無い天蓬など、敖潤にとって何の価値も無いのかも知れんが、だからといって、扱いが酷過ぎるだろう。
何も言い立てられないと分かっているあいつに、見合いに行くと知らせるなんて。

こうなったら、相手が上官だろうが、自分が反逆罪に問われようが、絶対ぶん殴らないと気が済まない!
そう思った俺は、早足で奴の部屋に引き返した。
廊下を折れて部屋が見えると、敖潤がその前に立って施錠しているところだった。

俺は乱暴に呼び掛けた。
「 敖潤っ!!あんたは絶対に許さない!」
そして無謀にも四方軍の中で、責任者としては唯一人現役の軍人であり、闘うことの出来るその男に飛び掛った。





結果は散々だった。
怒りに任せて行動し、すっかり忘れていたが、こいつの強さは桁違いだったんだっけ。
あの天蓬にしてからが、瞬発力で何とか躱せるだけの相手で、力の強さが通常の天界人とは比べ物にならない程なのだ。
どちらかというと、俺自身が力頼みなのだから、敵う術など有ろう筈もない。

簡単に手を捕らえられると、片手でひょいと後ろ手に捩じ上げられてしまった。
息一つ乱していない敖潤が、困った奴だとでも言いたげに溜息を吐くのを、忌々しい思いで聞いた。
「 普段から訳の分からん奴だと思ってはいたが、何のつもりの暴行だ?」

「 あんた、天蓬に ・・・ 天蓬にあんなに酷いことをして ・・・。」
捩じ上げられながら言っても、説得力も何も有ったものではないのだろうが、それでも怒りが治まらず、俺は言い立てた。
「 あんなに落ち込ませやがって、可哀想なことをする。 あんたを見損なっていた!」

「 一体私が何をしたと思うんだ?」
敖潤は片眉を上げてそう訊いた。 その余裕に益々腹が立つじゃないか。
「 あんた、天蓬に見合いに行くだなんて、態々告げて ・・・。 あいつには、あんたに行くなと言えないと分かっていながら、何て事をするんだっ!」
俺は腹立ち紛れに一気にそう言ってやった。

「 ほほう ・・・!」 何を思ったか、敖潤は面白がっているような声を出した。
「 それは貴様の誤解だ。 しかし、誤解しているとすれば、それはそれで、貴様は面白い奴だな。」
はん?何だって?
何でこう、さっきから人を小馬鹿にしたような物の言い方をするんだ、こいつは。

人の気も知らないで、敖潤は、まだその揶揄するような語調を続けやがる。
「 全く貴様の支離滅裂振りを見ていると、飽きなくて良い。 最近天蓬が以前より明るくなったと思ったが、貴様が飽きさせないからなのだろう。 それにしても ・・・。」
不意に敖潤の声が陰鬱に曇った。

「 天蓬が落ち込んでいるとは何事だ。 また何か私に報告せずに悩んでいるということか。」
何かもクソも、あんたが悩ませているんだろうに!
自分が惚れている男に見合いに出掛けるだなどと聞かされれば、幾ら自分が奥方にはなれんと分かっている身だって、そりゃ気分は悪いだろうよ。

「 何でだと? 一体あんたは ・・・。」
俺が言い返そうとしたその時、「 捲簾っ!!」 と鋭い声が割り込んだ。
声の主は見なくても分かる。 天蓬だった。
天蓬は大急ぎで走り寄ると、俺には目もくれず、真っ先に敖潤に詫びを入れた。

「 申し訳ありません、閣下。 これは自分の失態です。」
「 お前の?」
敖潤が信じているという風にでもなく、のんびりと答えた。
「 自分がうっかり忘れていたのです。 捲簾には、閣下がお見合いをされるという話は、今日が初めてだったのを。」
「 成る程 ・・・ それで、天蓬に確かめもせずに、腹を立てたのか。」

「 後で、出て行った時の態度が不自然だったのが気になって、やっと思い出しました。 ですから、これは自分の所為です。 もし、捲簾が ・・・。」
天蓬の言わんとするところは誰にでも分る。
もし、俺が反逆罪に問われるのなら、自分にこそ責任が有ると言いたいのだろう。

しかし俺が叱り飛ばす前に、敖潤の方が先に止めた。
「 そんな気は無い。 お前も気にしなくて良い。 私も面白いものを見たしな。」
「 はあ ・・・?」
天蓬はただ、恐縮している。

「 大した馬鹿だ。 お前もこいつと居れば、気が晴れて良かろう。」
その言い草に、堪りかねた俺が声を上げた。
「 あんた、一体さっきから ・・・。」
「 自分で気付きもせんしな。
捲簾、貴様は自分がしていることがおかしい、と気付かんのか?」
敖潤は俺の腕を捩じ上げたまま先を続けた。

「 本当に私が見合いをして、妻を娶るのだとしたら、貴様が一番得をするんだ。 邪魔者が消え失せるんだから。」
「 何を言ってやがる。 そんなことになったら、天蓬が哀しむだろうに。 俺にそれを喜べというのか。」
俺の乱暴な言い方に、天蓬が真っ蒼になって、もう一度謝り始めた。
そりゃもう、消え入りそうな声で、必死に容赦を乞うている。

「 捲簾に関しては何も謝らなくて良い。」 敖潤は天蓬の謝罪を遮った。
「 嫌味でなく、楽しいものを見たと思っている。
だが、お前には後で尋ねたいことがある。 私が戻ったら、もう一度報告をやり直せ、天蓬元帥。
何かこの馬鹿大将を勘違いさせるような、気の滅入ることがあったのだろうに、私は何も聞かされていない。」

漸く俺を捉えていた手が離された。
ここまで来て、何かがおかしいと、やっと気付いた俺はもはや飛び掛る気を失くしていた。
「 約束の時間があるので、もう行かないと。 説明はお前からしておいてくれ。
お前自身の出頭は忘れるな。」
言い残して敖潤は立ち去ってしまった。

天蓬は安心して気が抜けたのか、廊下の床にペタリと座り込んでしまった。
大丈夫か、と声を掛けると、刺すような目付きで俺を睨み付けた。
「 貴方という人はっ!」
人気(ひとけ)の無い廊下に天蓬の小さい割りに良く通る声が、矢鱈に大きく響き渡った。



そんな場所で怒声を浴びせられている訳にもゆかず、俺は天蓬を無理矢理引っ張って、こいつの私室に連れ込んだ。
勿論、御機嫌は最悪。
落ち着くように、茶でも入れてやろうかと思ったが、「 余計なことをしないで下さい。」 と一喝された。

「 大体貴方は ・・・。」
仕方なく俺が天蓬の前に椅子を持って来て座るや否や、天蓬が切り出した。
非常に怒っていると分かるのに、声の大きさも、表情も普段と然して変わらない。
言葉遣いも相変わらず丁寧なまま。
この状態で、目だけで怒りを表現しているところが、流石天蓬と思うが、今そんなことを言ったら刀でばっさりやられそうだ。

「 選りにも選って、敖潤閣下に乱暴しようとするなんて。
自身の上官であり、容赦されなかったら、反逆罪で軍事法廷に引き出されてしまうことを、貴方は仕出かしたんですよ?」
抑えられ選ばれた語句と、丁寧な喋り方の内側で、怒りが燃え上がっていた。

「 それに、僕の ・・・。」 そこで天蓬は、暫らく言い淀んだ。
「 恩人でもある。」
「 だからって、お前と今みたいにして暮らしている間柄で、見合いを受けるこたぁねえだろ?
御清潔な付き合いだったか何だか知らないが、頼られてるのは分かっていたろうに。」

「 勿論察してもらっています。 何もして返せないのが心苦しいくらいに、僕は閣下に誠実に愛されていると思います。」
言い切りやがった! 仮にも現在の愛人であるこの俺を前にしてだぞ?

仕方が無いことだ、とは、毎回思う。
だって、敖潤の居ないところでは俺に、敖潤を悪く言うような奴とは、俺が付き合わないんだから、結果、必然的にこういう台詞を聞かされる羽目にならざるを得ないんだろうよ。
因果なのは俺の性格だ。

天蓬に拠ると、このような見合いの話は今回が初めてという訳でもなく、長兄がしょっちゅう自分に来た話を押し付けて寄越す癖があって、敖潤も困っているらしかった。
歳の離れた兄なので、敖潤が幼かった頃には、地位の高過ぎた父親の代わりに面倒を見てくれていた時期もあったようで、少々無理を押し付けられても断り切れないでいたのだ。

「 弟の方が美形だからと言って、回してしまわれるらしいんですが、実際、写真を見せられると、相手方もその気になることが多いようです。 兄君はちょっと厳つい感じですからね。」
俺はつい疑ってしまった。
「 お前、それ、敖潤がそうだと言ったのを信じてんのか?」

「 敖廣(ごうこう)様に伺ったんです。 優しい方で、会う度そのことを僕に詫びて下さるし、そのことでも僕を気遣って下さり、贈り物を頂いたことだって ・・・。」
ふうん? こいつは、敖廣とも付き合いが有るもんなぁ?
そうか。 じゃぁ、敖潤に不当に扱われていたという訳じゃないし、それどころか、敖廣にもその立場を認められていたってことだ。

「 そうか。 なら良かった。」
俺がそう言うと、天蓬はちょっと寂しそうな顔をして付け加えた。
「 二度としないで下さい。 例え本当に閣下が妻を娶られても ・・・ です。」
覚悟は立派なのかも知れないが、嫌な考え方だと俺は思った。

家柄が違うと諦めているのだか、同性であることに負い目を持っているのだか、はたまた一方的に助けられた過去を恥じているのだか知らんが、そういう言い方はするんじゃない、天蓬。

話の流れを変えてやろうと、俺は元々不審に思っていた疑問をぶつけてみた。
「 大体、お前、何で俺が敖潤をぶん殴りにゆくって分かったんだ?」

「 それは ・・・。」
不意に天蓬の瞳から険しい光が消えた。
「 見えていたからです。」
見えていたって何なんだよ。 それ、どういう答え方なんだ?
「 何が見えていたんだって?」

「 ですから ・・・。 貴方が物凄く不器用で、普通に考えて有利になる筈の閣下の縁談にも、絶対喜んだりしないと ・・・ 何となく見えていたような ・・・。」
不器用って、お前 ・・・。
独りで靴紐が結べず、部下が遣ってやらないと縦結びにする奴に、不器用って言われるほど不器用なのか? 俺は?

溜息が出た。
確かに俺は不器用なのかも知れん。 こいつに関しては。
敖潤に指摘され、こいつにまで言い当てられたが、敖潤の縁談には諸手を挙げて賛成すべきだったのだろう。
だのに出来なかった。

天蓬が顔を曇らすのを見たくなくて。
この馬鹿が苦しむのが嫌で。
つくづく因果な性格だと思ったが、はてな? 以前はこうでもなかったような ・・・?
結構気軽に女を乗り換え、乗り継ぎ、面白可笑しくやって来ていた気がするぞ?

・・・ ってことは、元々お前の所為なんじゃないか、馬鹿野郎!
怒鳴り付けてやろうかと思ったが、その結論に至るまでの過程を説明するのが難しそうなので諦めた。
怒鳴り付ける代わりに、俺は天蓬に言ってやった。
「 悪かった。 もうしないから ・・・。」

天蓬は頷いた。
「 そうして下さい。 お茶でも入れて来ます。」
だから〜 ・・・ 止めろって言ってるだろうが。 その発想は。
「 俺がやる。」
俺は強引に天蓬を座らせて、キチネットに向かった。





ところで。
この件で、俺一人が空回りして、二人から良いように馬鹿にされただけで終わったのかというと、そうでもない。
その夜遅く天蓬は、言い付けられた通りに敖潤のところに出頭し、その時、言葉の上でとは言え、随分とっちめられたみたいだった。

午前中、例の要人警護で散々嫌な思いをしていたのだが、天蓬はその内容を洗いざらい白状させられた。
警護の依頼自体が名目で、実際にはそのお偉いさんが、何処かで姿を見掛けて気に入り、言い寄ろうとして呼び付けていたんだそうだ。

相手が上級神の一人とあって、言い返すことが出来ないまま、天蓬は贈り物まで持たされて戻って来た。
それを取敢えずロッカーにぶち込んで、滅入っていたところへ、俺が踏み込んでしまったってことらしい。

敖潤は当然にその件を父親に言い付けた。
本人のことでは告げ口の出来るような気性ではないのだろうが、元々天蓬は親父から預かっているという形になっていたため、そのことに関して、遠慮というものが一切無い。

しかも、この親父がまたとんでもない狸親父で、自分で抗議するだけでは気が済まず、天帝を通して件のお偉いさんを叱責させた。
ま、やられた方も、少々のことなら笑顔で受け流す天蓬を、マジで落ち込ませるまでに強い言葉で脅していたようだったから、自業自得ではあったろう。

ただし、天蓬の方もただでは済まず、そのまま報告義務違反で営倉にぶち込まれてしまった。
最初から素直に敖潤に怒りをぶつければ良かったものを、あいつも好い加減、不器用に出来ていると思う。

でもまあ、そちらは単に敖潤の躾けのようなもので、正式な処罰では無かったし、経歴を汚すといった種類のものでもない。
今回は負傷隠しではなかったからだろうか。 敖潤も乱暴なことはせずに、ただ天蓬を閉じ込めて、禁煙させていただけだった。

部下の肺に休煙日を作りたかったとも、自身の行動で相手が叱責されるといった影響が出ることを極端に嫌う天蓬を、事件の後始末から遠ざけたかったとも受け取れる、手温(てぬる)い処置だ。
その上、御丁寧にも自分で営倉に、煙草代わりの嗜好品やら書物やらを差し入れたりもしていたのだから、本当に懲らしめになっていたんだかどうだか、甚だ疑問ってもんだ。
敖潤だって、負けず劣らず不器用な男だってことなんだろう。



三日目に釈放され、敖潤に一礼して出て来た天蓬に、営倉の前で待ち伏せていた俺が、あいつの煙草を渡してやった。
背後で敖潤が俺を睨み付けたが、煙草を受け取った天蓬が嬉しそうに早速その場で封を切ったのを見ると、何も言わなかった。

行こうとすると、敖潤がポケットから何かを取り出して、俺の名を呼び、それを投げて寄越した。
「 俺に?」 と訊くと、仏頂面で 「 そのようだ。」 と答える。
開けてみると、そのようだも何も、態々買って来たらしい新品のライターだった。
軍人の良き友、Zippo だ。

「 何でだ?」
理由を訊こうとして振り返ると、敖潤は既に立ち去っていた。
仕方なく、天蓬に訊いてみた。
「 どうして俺に贈り物なんか ・・・。 お前、それも見えているのか?」
天蓬が頷いた。

「 貴方のお陰で、僕の隠し事が分かったからでしょう。」
チクッたと責められているようで、申し訳無いと感じた俺は、そのライターで、天蓬が取り出した煙草に恭しく火を点けてやった。

「 それにね ・・・。」
天蓬が、美味そうに煙を吐き出しながら、悪戯っぽく言った。
「 営倉に居た間に教えて頂いたのですが、僕には敖廣様から贈り物があったそうです。 これ、禁煙中だったんですが、先に渡して貰いました。」
ポケットの中の何かを俺に見せてくれる。

取り出されたのは、俺と同じようにライターで、Zippo のモチーフ違いだった。
「 閣下が御自身でもう一つ買われて、贈って下さったということでしょう。」
「 お前なぁ ・・・ そこまで分かる位なら ・・・。」
俺が小言を言いかけると、天蓬が自分で引き取った。

「 分かっています。 今度からは、例え相手が天帝でも、ぴしゃりと振って見せます。
僕には味方が大勢居る。 そうでしょう?」
営倉の中で多少は反省したらしかった。

「 ああ、味方が大勢居て、お前はもう独りぼっちじゃない。
しかし、幾ら何でも天帝は振るな。」
天蓬は声を立てて笑った。
何時もの、無表情の代わりにそうしているんじゃないかと思わせるような、あの笑顔とは、ちょっと違っていた気がした。






















外伝2巻 口絵 クリックして下さい♪
   見えています

   2008/05/28
   短編
   written by Nachan

   無断転載・引用は固くお断りします。

   ブログへのリンク
   http://akira1.blog.shinobi.jp/

   素材提供:Art.Kaede〜フリー素材
   http://www117.sakura.ne.jp/~art_kaede/










NOTE :

もう、ジャンルなんて分かりません。
うちのは全部が全部、間違いなく馬鹿話ですから、一々 「 ギャグ 」 などと
表示する意味も無いんですよね。

シリアスとも言えず、ギャグというほどの 「 落ち 」 もなく、
所詮は落書きを上げているだけですので、意味なんて有る筈もなく ・・・。

結局、こんな人間関係あったらいいな、という人たちを登場させ、こんな日常
あったらいいな、を描いてるってことですか。

無いのは重々承知しているんですけれどね。
(。・・。)(。. .。)ウン