脳内妄想劇場

かたじけないっ! ( 忝い )









注 :

最遊記 RELOAD GUNLOCK 第11話 TVオリジナル・ストーリー 『 八戒の家出!? ~ reflection ~ 』 の最後の場面から、この物語は始まります。





「 あはははははは ・・・。」
四人が心ならずも無銭飲食をしてしまった件の食堂の厨房に、八戒の気の抜けたような笑い声が虚しく響き渡った。
その後で、やっと事態の深刻さに触れた言葉が発される。
「 ・・・ どうしましょうか?」

穏やかに静もり、事情を知らない人間が聞けば如何にも分別の有りそうな科白なのだが、この状況で、この事態を引き起こした張本人の口から聞かされれば、どんなに自己抑制の利く人間にだって、立派に腹は立つ。
ましてや、今それを聞かされているのは、凡そ悟りの境地とは程遠い、瞬間湯沸かし器みたいな鬼畜坊主である。
ズギューーーーーン!!
三蔵のS&Wが火を噴いた。

ま、尤も ・・・。
それでも、銃口は天井に向けられており、本人に向けられていない点が、悟浄相手とは違っているということではある。
しかし、流石に今回だけは、そのまま許すという訳にはゆかなかった。
三蔵は、いかにも切れた ・・・ という顔付きのまま、怒りに任せて店主を呼び付けた。

「 こいつも無銭飲食だ。」
別口のように現れた八戒までが無銭飲食と聞かされ、呆れ果て、言葉を失くした店主に、三蔵は荒々しく続けた。
「 俺たちの分と、こいつの分、どちらもこいつに払わせる。俺たちはもう帰るぞっ!」
当然に店主は抗議しようとする。
「 払わせるって ・・・ お金が無いから、無銭飲食なんでしょうに!」

「 だから ・・・ こいつを置いてゆくって言ってんだよ。」
三蔵は乱暴に八戒の腕を掴んで店主の方を向かせると、もう片方の手で、八戒の顔からひょいとモノクルを取り除いた。
秀麗な面立ちが店主の前に邪魔物なしに晒されると、店主の瞳孔がみるみる大きく開いていった。
ごくり ・・・ 生唾を飲む音だけがやけに大きく、その場に響いた。

「 おい!本当に置いてくつもりかよ!」
悟浄が三蔵の肩を掴んで引き戻そうとしたが、三蔵は汚いものでも払うように、その手を邪険に払った。
「 八戒ぃ~~~。」
驚いて八戒に縋り付こうとする悟空も、襟首を掴まれて、乱暴に表に引きずり出されてしまった。
「 これ以上、こんな所に居たくはねえ。おら、行くぞっ!」



こうして三人は食堂を出て行ってしまい、八戒は一人その場に取り残された。
店主は、困惑して顔を赤らめながら俯いてしまった八戒を厨房から連れ出して、店の隅の空いたテーブルに着けると、自分も前の席に座った。
今日は開店直後から非常識で横柄な三人に引っ掻き回されて、好い加減、疲れ果てていた。
それに、目の前に居る男は華奢で、大して抵抗出来そうにもないと踏んだのである。

気まずそうに店主と向かい合った八戒であったが、この一連のドタバタ劇の間にも、幾らか落ち着きを取り戻していた様子で、今度は自分から店主に目を向けると、ふわりと優しげに微笑んだ。
「 申し訳ありません。ああは言っていましたが、お金はちゃんと持って来てくれる人達だと思いますので、よかったら、それまでお手伝いさせて下さい。」

何とも気持の良い笑顔であった。
口角が絶妙に持ち上がり、これまでに見たことのないような美しい曲線を形作るのを、奇跡でも見るように眺めた。
当惑して自分を見詰めている目も、翡翠を思わせる神秘的な翠である。
語り掛けてくる声も鈴を振ったような、とでも言うのか、妙に柔らかい。
こんな青年があんな連中とつるんで、一体何をしていたのだろうかと訝っていた。

取敢えず、開き直って暴れられたり、逃げ出されたりされることは無さそうだと、店主は安堵し、大きく息を吐くと、額に手を宛がった。
先程から良いように振り回されて、眩暈を起こしそうになっていた。

しかし、その華やかな笑顔を目にし、その美声を聞いていたのは、店主だけではなかった。
店の奥 ・・・ 厨房に通じる廊下に近い位置で食事をしていた身形の良い御大尽風の男もまた、その景色を眺めていた。
いや ・・・ それどころか、先程からの厨房の中での会話も耳にしていた。

「 まぁ、貴方がそう仰るのなら ・・・。」 店主は溜息混じりに言った。
「 暫らくそこに座って待っていて下さい。確かに、あんな連中でも仲間を置いて行ったりはしないのでしょう。」
なまじこんな華奢な男を厨房なんぞに立たせて、火の気を扱う場所で貧血でも起こされたら、飲食代金をどうこう言ってはいられない事態になりそうだと危ぶんでいた。
目の前の整った容貌に、先程その華奢な男が、仲間におさおさ劣らぬ食欲を見せたことなど、すっかり忘れている。

そのとき、隣のテーブルの客が立ち上がって近付いて来ると、八戒の前にコツンとコップを置いた。
先程の御大尽である。
「 災難でしたな。」 男は八戒に笑い掛けた。
「 冷酒ですが、それでも飲まれて一息吐かれた方がいい。お顔の色が冴えませんよ?」

「 有り難うございます。お恥ずかしいところをお見せしてしまって ・・・。」
八戒は、その客が自分の席から持ってきたらしいコップに口を付けた。
三蔵の振る舞いと、己の失態に、何時の間にか喉はカラカラに渇いていた。

身形の良い男は八戒が美味そうに冷酒を飲むのを、妙に嬉しそうに眺めていたが、やがて店主の方に向き直ると、何やら小声で耳打ちした。
内容はもうお察しのことだろう。代金を立て替えるから、八戒を渡せという、お約束のパターンだ。
「 いや ・・・ そういうのは、幾ら何でも ・・・。」
店主が顔を顰めた。

越後屋じゃあるまいし、そんなおかしな仲介が出来る訳が無い。
「 この方が望んでいると仰るなら、話は別ですが。」
言いながら振り返ると、何故か八戒は急に眠たそうな様子を見せて、椅子の背もたれに頭を仰け反らせ、ぼんやりしている。

「 色々ありましたから、疲れてしまわれたのでしょう。これでは手伝うどころではないし、さっきのガチャガチャした連中が迎えに来るともどうとも限りません。」
男が抜け目無さそうに笑うのを、店主は眩暈と、ついでに頭痛を感じながら聞いた。
もとより、八戒が通常なら酒になど酔わないことも、人前で眠り掛けるなどという礼を失した態度を取る訳がないことも、知る由が無い。

戸惑っている店主に、男は数枚の札を押し付けようとした。
大枚と言うほどではないが、それでも、高々食堂の飲食代金にしては、充分以上な金額である。
店主は恐る恐るその金に手を伸ばそうとした。
その日ずっと、四人に振り回され続け、眩暈や頭痛まで引き起こされた意趣返しの気持も多少は混ざっている。
だが、そのとき ・・・。



「 ちょっと待った!」
いきなりドスの利いた野太い声が、成立しようとしていたこの交渉に割って入った。
「 そいつは俺が貰う。」
店主と御大尽が同時に振り向くと、そこには二メートルにも手が届こうかという大男が立っている。
何時の間に店に飛び込んで来たものか、がっちりとした巨大な体躯を、学ランを思わせる長めの白い上着で包み、厳つい肩を余計に怒らせて、仁王立ちになっていた。

「 貴方、一体何方なんです。」
御大尽が話の腰を折られて、迷惑そうに詰問した。
「 俺か?俺は独角兕。そいつは俺の ・・・ 義理の妹みたいなモンだ。」
「 はあ?」
顔立ちは兎も角、上背のある八戒を 『 義理の妹 』 だなどと無体な言い条を通そうとする大男を呆れ顔で見上げた。

しかし、独角兕はふん!と鼻を鳴らして見せ、持っていたジュラルミンのブリーフケースをテーブルに乗せて開いて見せた。
中には銀行の帯封がされた札束がぎっしりと詰まっている。
店主は腰を抜かしそうになったが、流石に独角兕も、それを逆さまにしてテーブルにぶちまけてくれるというような、有り難た過ぎる真似はしなかった。

ブリーフケースの隅に押し込むように入れられていた、輪ゴムの掛かった半端の紙幣を摘まみ出すと、それをポンと店主に投げて寄越し、ケースの蓋は直ぐに元通りに閉めてしまった。
「 迷惑料込みだが、それで充分だろう。世話になったな。」
勝手に事態の終了宣言を出すと、独角兕は八戒の肩に手を掛けて揺す振った。
「 八戒?ここを出るぞ?」

だが八戒は、強い眠気に襲われていて、目を閉じてしまう寸前だ。
呂律も回らぬ様子で、やっと紡ぎ出した言葉は、僅かに 「 独角兕さん ・・・。」 だけである。
それでも御大尽は、このことで急に退(ひ)いてしまった。
自分を睨み付けている男が如何にも力自慢らしい大男な上、狙っていた八戒とは、少なくとも本当に顔見知りであると知れば、これ以上は関わる訳にもゆくまい。

御大尽が退き、本人が急に頼りなく椅子からずり落ちそうになっている今となっては、店主にとっても、八戒はただの厄介者としか思えない。
一応の責任は自分にあるような気がして、積極的に申し出を受け容れるという気にもなれなかったが、折角受け取った金を返すことも出来ず、店主はつい、独角兕が八戒を抱え上げて店を出てゆくのを、黙って見送ってしまった。



食堂から連れ出された八戒は、暫らくの間、独角兕に抱えられて何処かに連れてゆかれるのをぼんやりと感じていたが、その大きな歩幅による心地良い振動で、益々強くなってゆく眠気に、次第に抗えなくなって来ていた。
「 独角兕さん ・・・ 一体 ・・・?」
何のつもりなのかと確認しようとするが、抜け落ちそうな身体の怠さに、先が続かなかった。
「 何も心配するな。さっきの着飾った男 ・・・ 奴が薬でも盛りやがったんだろう。」

やがて、何処かの宿に入った独角兕は、予め部屋を取っていたらしく、フロントをやり過ごし、階段を上がると、部屋のドアの前に一旦八戒を降ろした。
ポケットからキーを出して、部屋を開け、再び八戒を軽々と抱き上げる。
そのまま、ずかずかと部屋に入って行き、寝台の上掛けを捲くって八戒をそこに降ろした。

意識が朦朧としていた八戒は、それでも常に力強く持ち上げられ、安定した動作で降ろされ寝かされたことで、安堵を感じていた。
独角兕が、八戒のバンダナを外して、額に手を当てる。
薬が眠気を誘うだけで済んでいるのか、何か他に悪いものを飲まされていて、熱でも出しているのかを確認しようとしているのだろう。
節くれ立った大きな手が額に宛がわれると、八戒は奇妙に懐かしい感覚に陥った。

― 何だか、以前にもこんな風にして貰ったことがあるような ・・・。―
それはそうだろう。似たような特徴を持つ彼の弟に、意識不明のまま、一週間も世話されていた過去がある。
八戒は無意識に身体が覚えているその感覚を思い出していた。
「 独角兕さんの手 ・・・ 大きくて暖ったかい ・・・。」
半ば眠りながら、そんなことを呟いていた。

言葉を告げた本人は、既に夢の世界の住人だ。
しかし、独角兕は背筋を這い上がってくるゾワリとする感覚に身を振るわせた。
こいつ、こうしてるとヤケに可愛いじゃないか?

以前に紅孩児に弟に似たところを見い出したことがあったが、それは髪の色といったもので、似ていると言うより共通点だと言えた。
今こうして、八戒の寝顔を眺めていると、こいつは紅孩児に何処と無く似ている。
待てよ ・・・ 八百鼡の方がもっと似ているか?
などと、作者の描き分けが出来ていないだけだということにも気付かず、ぐるぐるとあらぬ方向に思いを巡らせた。

そう言えば、雀呂がちょっかいを出してきたときに、初めて八戒の上半身を見たことがあったと思い出した。
普段、首までをきっちりと衣服で覆い隠し、極端に露出の少ない格好をしているので、身体に自信でも無いのかと思っていたら、脱いでみれば、体格が良いとまでは言えないものの、均整が取れた彫刻のような身体つきだと感心させられた。

あの時は、弟が自分と八戒の間に立ち塞がるようにして視線を遮ったので、碌すっぽそれを確かめられもしなかった。
今にして思えば、悟浄が態々俺の前に立ちやがったのは、そういう意味だったのだろうか?

腹違いとは言え、兄弟だから、似たようなDNAを持ち合わせているのだろう。性的な好みも然程離れてはいない筈だった。
それを思えば、悟浄が無意識に八戒を自分の目から逃そうとしたのにも納得がいった。

「 う~ん。」
目の前の八戒が、苦しげな呻き声を上げた。
熱を出したりしてはいなかったが、不本意に寝込んだことで、安らかな眠りを得るという訳にはゆかなくなっているのだろう。
こうして見てみれば、首まで引っ詰めたその上着も、横になるには全く不向きで、身体を苦しめているようだ。

独角兕は八戒の首もとの留め具に手を掛けた。
襟元を肌蹴させた八戒は、几帳面にも下に、もう一枚Tシャツを着込んでいる。
ならば、と、思い切って上着を脱がせてしまった。

硬い質感の上着を取り去られた八戒は、安心して身体を寛がせた。
目は覚ましていないものの、唇を薄く開き、ほっとしたように息を吐いているのが分かる。
― 成る程な! ―
何が成る程なのか、呟いた本人にもよく分からない。

しかし、八戒の美質には阿ったところが少しも無く、もしもこれが女性だとして眺めるなら、少々冷淡にすら見えるだろうと思った。
男は男なんだな。あいつも、女の代わりにしているという訳ではなさそうだ。
しかし、それにしても、これはこれで何とも言えずソソル気がするではないか。

溜息を吐きながら、独角兕は寝台から離れた。
自分も旅の途中で疲れを感じて一泊を決め、この宿を取ったくらいだから、取敢えずは身体を休めたかった。
寝台を占領されているため、仕方なく横のソファに身体を横たえると、暫らく仮眠を取ることにした。



目を覚ましたのは夕方だった。
八戒の方は ・・・ と寝台に目を遣ると、こちらも目覚めようとしてはいたが、未だ薬の影響から抜け出していないようで、目覚めたいのだが、目覚め切れずに、そのまま魘されていた。

気の毒になって側に寄り、肩を揺すってみたが、半分寝たまま、うんうん言っていて、しゃんと目を覚まさない。
「 八戒?大丈夫か?」
問い掛けると、半分だけ目を開けて、また 「 僕は一体 ・・・?」 と、自分の置かれた状況に戸惑っている。

「 心配要らない。お前は薬を飲まされたんだ。もう抜け掛かっているとは思うが。」
「 薬だなんて ・・・?」 八戒が気怠るそうに呻いた。
「 僕は ・・・ おかしなことに巻き込まれかかっていた ・・・?」
「 らしいな。」

「 それは ・・・ どうも御親切に ・・・。」
薬の影響を残しており、身体を動かせもせず、半分寝惚けている癖に、生来の律儀さが礼の言葉を紡がせていた。
御丁寧なこった。感心しながら独角兕はクスリと笑った。

敵方の一員とは言え、独角兕にしてみれば、何時か状況が改善されたらゆっくり話し合ってみたいと思っている、唯一人の弟のパートナーだ。
食堂でも思わず口走ってしまったように、弟の嫁のような親近感は持っていた。

しかも、眠気の中での無防備からだろうが、散々に色っぽい姿を見せ付けられてもいる。
思わず、からかう言葉が口を衝いて出た。
「 なぁに、いいってことよ。別に親切でやった訳じゃなし。」
「 はぁ ・・・?」 意味が理解出来なかった八戒が曖昧に笑った。
「 あ ・・・ あの ・・・?」

「 俺は見ず知らずの人間に大金注ぎ込んでやるほど、物好きじゃねえよ。」
意識的に表情を険しくした独角兕が上掛けを捲くり上げ、身体の自由の利かないまま呆然としている八戒に、徐に告げた。
「 お前は俺に買われたんだ。」
「 え?」

そう言われれば、食堂でそんな遣り取りがされていたような記憶はあった。
それにしても、相手はあの悟浄が、子供時代に全幅の信頼を置いていたという、彼の実の兄だ。
現在は敵・味方に分かれていたとしても、どうしてもそんなことが起こるとは思えなかった。

それなのに、独角兕は構わず、Tシャツの中にまで手を入れてくる。
「 な ・・・ 何するんですか。」
利かぬ身体を無理矢理動かそうとして、八戒はもがいた。
「 暴れんじゃねえよ。へっ、薬が切れるまでどうせ満足に動けやしねえんだ。お前も楽しんだ方が楽だぜ。優しくしてやる。」

もう一方の手が、下方に伸ばされ、腰からパンツの下に滑り込んで来た。
「 お前は俺が買った商品なんだ。お前に俺を拒絶する権利はねえんだよっ。」
「 嫌 ・・・ あ? ・・・ いやっ ・・・。」
「 一晩掛けて、ゆっくり教えてやるよ。」

「 嫌だ ・・・ ああっ ・・・!!」
八戒は身を捩って逃れようとしたが、身体は未だに目覚めてくれず、そもそも体格差が大きかった。
気功が放てず、既に捉えられて組み敷かれており、相手の力を流用することなど出来ぬ今、力と力の純粋な勝負では、八戒に勝ち目は無かった。

両手を捕らえられ、寝台に縫い付けられるように押さえ込まれた八戒に、独角兕が覆い被さってきた。
見上げることになってしまった相手の顔が近付いて来る。
― どうして ・・・ どうして、こんなことに ・・・。―
自身の失態からこのような事態を招き、しかも、対処も出来ずにいる不甲斐無い己に対する悔しさに、涙が零れた。

「 悟浄 ・・・。」
思わず、その名を口ずさんでいた。
独角兕の口角がゆっくり持ち上がり、唇が少し開くと、犬歯を見せてニッと笑う。
「 へえ?あいつはそんなに愛されてたんだ?」





とっぷりと日が暮れて、夜と呼べる時間帯になった頃 ・・・。
宿の独角兕の部屋に面した廊下に、息を詰めてドアを見詰める二人の男の姿があった。



あのあと、カードを持ち去った野良猫を追跡し、見事奪還を果たしたジープからカードを受け取った三蔵たち三人は、例の食堂に向かった。
「 まぁ、そろそろ許してやらんとな。」
態とにのんびりと言いながらも三蔵は、何時に無い早足で食堂に向かったものだ。
ところが、着いてみると八戒の姿は無く、食堂の主人は八戒が誰かに引き取られて行ったと説明した。

「 誰だろうが金を払った奴に引き渡して、良いってもんじゃねえだろ?」
悟浄が凄んだが、相手はただ申し訳無さそうに、「 顔見知りの方のようでしたので ・・・。」 と言い訳をするばかり。
「 それに、その前に別のお客さんから一服盛られていたみたいで、足腰立たない御様子でした。だから、お知り合いの方に引き渡した方が、良いだろうと思ったんです。」

「 何を!足腰立たないのを、俺たち以外の奴に引き渡したってかっ!」
悟浄が大声を出したが、三蔵はそれを制止しながら主人に尋ねた。
「 で、八戒はその男を何と呼んでいた?」
「 確か ・・・ 独角兕さん ・・・ だったと思いますが。」
三蔵と悟浄が思わず顔を見合わせた。

何と言っても、敵には違いないし、悟浄自身が連れ去られたのとは違って、血の繋がりが有る訳でもない。
拙い事になった。
取敢えず悟空を宿に帰して、もしかしたら自力でそちらに戻るかも知れない八戒を待つように命じ、大人二人で独角兕を探し始めた。



そうして漸く先程、人の噂を頼りにここまで辿り着いた三蔵と悟浄であった。
一応、連れて行ったのは独角兕に間違いは無かったようで、だからこそ、背の高いがっちりした男という問い合わせで、目撃者に話を聞くことが出来たのだとは思う。
それにしても、あの独角兕が何故 ・・・?
悟浄は困惑していた。

たとえ本人の意志では、そういう事態を引き起こすことが有り得ないにしても、独角兕は、紅孩児を護ろうとすれば、あの玉面公主の命(めい)に従わざるを得ないという事情を抱えている。
二人は慎重に部屋の前に立つと、ドアを挟んで左右に別れ、中の様子に聞き耳を立てつつ、乱入の機会を窺った。

二人共それぞれ、その手に拳銃と錫月杖を構えていた。
人気の無い廊下で耳を澄ませば、中から微かに声が聞こえてくる。
それは、間違いなく独角兕の声であった。
喋っているということは相手がいる筈で、少なくとも八戒は生きてはいるのだろう。

悟浄は一応胸を撫で下ろした。
ところが、次に聞こえてきた会話は、そんな悟浄の安堵を一度に覆す、信じられぬ内容だった。

「 こらっ、口を離すんじゃねえ!逃げてんじゃねえぞ。顔をこっちに向けろっ!」 という独角兕の叱咤。
続いて、幾らか咽せながら懇願する八戒の声がした。
「 勘弁して下さい ・・・ こういうのは、もう ・・・。」
「 余計なこと、喋ってんじゃねえ!ほら、飲み下せ。零すんじゃないっ!」

悟浄の顔から血の気が引いた。
兄貴は八戒に何をさせてるんだ?
三蔵も同じ事を考えていたのだろう。露骨に眉を顰めている。
「 踏み込むぞ、河童っ!」
我慢出来なくなった鬼畜坊主が小声で合図を寄越した。

錫月杖を構えた悟浄が自慢の長い足でドアを蹴破り、背後から拳銃を向けた三蔵が援護するという、定石どおりの踏み込みである。
しかし、踏み込まれた独角兕は、応戦しては来なかった。
ただ、八戒を横たえた寝台を背に、唖然として、闖入して来た二人を眺めているばかりだ。

暫しの気まずい沈黙は、八戒ののんびりした問い掛けで破られた。
「 どうしたって言うんです?そんな乱暴な訪問の仕方はないでしょう?」
そう咎め立てた八戒はと言えば、ベッドヘッドに凭れ、寛いだ表情をしている。
「 お前今、嫌がって、勘弁しろとか何とか言ってたろうに?」
悟浄が言い返した。

「 ああ ・・・。睡眠薬か何かを飲まされちゃったもんですから。・・・ 目が覚めてからも薬が残ったのか、身体がふらつくもので、独角兕さんが毒消しを飲めと仰るんですが、これが強烈に苦くって ・・・。」
八戒が白く細い指を目の辺りに押し当てた。
余程苦かったのか目の端に涙を溜めている。
見れば、独角兕は手に水薬を入れたコップを持ったままであった。

「 ま、八百鼡の作品にはこの手のものが多いからな。効くは効くんだけど。」
独角兕がそう付け加えて、改めて二人の方を眺めた。
「 ところでお前たち、何だって、そんなに熱(いき)り立ってるんだ?」

悟浄は答えに詰まった。
「 いやそりゃ、八戒が連れて行かれたっていうし、連れて行ったっていうのが兄貴らしいっていうし、その兄貴が敵方とくりゃ普通 ・・・。」
流石にそれ以上は言えない。
特に今しがた自分が想像した内容については、とても口に出せたものではなかった。

「 しかし、何故お前が連れて行くなんてことを?そもそも、返す気があったのか?」
まだ不審感を拭い切れない三蔵が、詰問調で問い掛けたが、身に覚えの無い独角兕は意にも介さず、暢気なものだ。
「 何だか売り飛ばされそうになってたからだよ。世の中物騒だな。」

「 助けて頂いたんです。」 と八戒も口添えした。
「 自分の宿に帰ろうとしていたんですが、薬が中々抜けなくて ・・・。
もう一度抱えられて ・・・ というのも恥ずかしいので、覚まそうとしていたところです。」

悟浄は複雑な表情をしている。
理性で考えれば、何だかんだいっても常に庇ってくれていた兄が、自分のパートナーに手を出す筈など無いのだが、その理性を危うくしかねないものを八戒が持っていることは、よくよく承知している。

「 何の見返りも無しの親切だったってか?」
三蔵も疑わしそうな目を向けた。
「 第一、よくそんな金を持っていたな。悟空も食っているから、かなりの代金だったし、それを上回る金を払って人一人差し出させようとした金持ちを、引き下がらせた金額だったんだろう?」

「 たまたま、景気が良かったのさ。俺たちは、玉面公主にタダ働きさせられてる身だから、紅の独特の収入を使っていたんだ。
今日はその金を受け出してきたところで、まぁ紅も、偶には寄り道して豪遊して来ていいぞ ・・・ なんて言ってくれてたから、その金だ。」

独角兕の説明を聞いていた八戒が、ちょっと小首を傾げて見せた。
「 それにしても、紅孩児さんって、凄いんですね?ブリーフケース一杯の札束だなんて。」
「 ああ、あれな。何時もはああじゃない。今回のは特別だ。」 独角兕は照れたように笑った。
「 何だか知らんが、昔、花札とかトランプの会社に投資していたのが、ああいう金額になっちまったんだとさ!」

「 ああ!成る程 ・・・。」
八戒は直ぐに頷いた。
花札にトランプ?
儲かんのか、それ?
悟浄には意味が分からない。
悔し紛れに、八戒に近付くと、もう一度念を押した。
「 お前、本当に何もされてねえんだろうな?」

「 そうだ。」 同じように理解出来なかった三蔵も誤魔化したかったのか、話に乗ってきた。
「 全くの御親切ってか?俺だったら襲うぞ、絶対?」
鬼畜坊主の本性がモロに出てしまっている。
どう考えたって花札屋を知らない方が、人間としては遥かにマシだろうに、本人はそれで構わないのだろう。

「 ええ、何にも。ちょっと、からかわれてしまいましたが。」
八戒は些か頼りなげに遠い目をしてみせた。
「 からかわれた?!」
悟浄が驚いて、八戒のシャツを捲り上げようとした。
その手をぴしゃりと叩いて、にっこり笑う。
「 敵バージョンじゃありません。貴方が弟だから ・・・ の方です。」

独角兕はそんな二人の様子を、目を細めて満足そうに眺めていた。
「 お前の名前、呼んでたぞ。可愛らしいじゃねえか?最初に見た時、もうちょっと身長が違った方がいいんじゃねえかって思ったけど、それはそれで中々良い。」
「 可愛らしいって ・・・ 兄貴 ・・・。」
「 今度要らなくなったら、声掛けてくれ。俺が貰うから。」

いけない。良い様におもちゃにされている。
悟浄は焦りだした。
「 兎に角帰ろうぜ。八戒、立てるか?何なら俺が ・・・。」
「 何とかなりそうです。一日の内に二度も人に抱え上げられたくはありません。」

三蔵が横で未だ渋い顔をしていた。
名を呼ばれなかったということで、ショックを受けている。
しかも、抱きかかえるというには、身長も足りない。
やはり、この兄弟を見ていても、体格というものが有るのは羨ましいと思った。

「 もう、行くぞ!」
不機嫌そうに宣言すると、三蔵は部屋を出ようとした。
「 世話になったな、独角兕。食事代は後で届ける。キャッシングをしてこんことには、現金の持ち合わせが無い。」
「 偶には奢るよ?」
独角兕がことも無げに言った。
「 弟二人が世話になってるようなモンだし。」
三蔵の機嫌がそんなことで直ったりしなかったのは勿論である。

むっつりしたまま、とっとと部屋を出て行った三蔵に、困ったような表情を見せながらも、八戒がもう一度改めて礼を言い、上着を着始めた。
着替えと立ち上がるのを手伝いながら、悟浄も一応、感謝の言葉らしきものを兄に伝えた。
独角兕にニコニコと見送られながら、二人は三蔵の後を追って宿屋を出て行った。





「 なあなあ、八戒?」
帰りの道すがら、悟浄がしつこく尋ねてくる。
「 からかわれた ・・・ ってどんな風に?」
「 さっき、独角兕さんがやってみせたでしょう?弟に振られたら来いとか、色々言ってもらったってことです。」

まさか、本当のことは言えなかった。
しかも、単におちょくられたというだけではない。一瞬だったが、本気で乱暴されると思って脅えたのが、後ろめたくて口には出来ない。
「 それだけなのか?俺の名前を呼んだってのに?」
「 それだけです。」
八戒は、きっぱり突っぱねた。

バラしてよい嘘と、悪い嘘があるだろうと思っていた。
今度のことは、何時かうんと歳を取って、悟浄と茶飲み話でも出来るようになったら、教えてやろう。
本当に申告しなければならない事実というほどのものも無かったし、それが、この先の兄弟関係のためにも良策だ、と八戒は思った。

自分でそう納得し、決めてしまった八戒は、ふんわりした笑顔を悟浄に向けた。



ところで ・・・。
三蔵はというと、面白くない気分のまま、二人の横を押し黙って歩いている。
何だか今回は、自分一人が悪者にされた気がしてならなかった。
最初から、一人だけ謝ることも出来ない大人気無い性格 ・・・ と呆れ果てられていた気がするし、そのまま、八戒が許したのも、もう諦めていますと言わんばかりだ。

それならば ・・・ と、八戒の奴に威厳を見せてやろうとして、ちょっと突き放したらこの事件だ。
大して困ったりも懲りたりもしないまま、騎士に救出されたお姫様よろしく、優雅に笑っていやがる。

しかもだ。
身長が足りないことなど、ついさっきまで、何ほどのことでもないと思っていたのに、こういう場面に出遭うとやはり、八戒を軽々と抱え上げられる体躯は羨ましい、と身に染みて思い知らされたではないか。

「 クソ!」
声に出して呟いた。
せめてもう少しでも身長差が縮まれば、華奢で得物を扱わぬ八戒など、鍛え上げた俺様の筋肉を以ってすれば何とでもなるものを ・・・。
そう思った時、この俺様鬼畜坊主の頭に突拍子も無い考えが閃いた。

そうだ ・・・。
仮にも俺は仏教の最高僧なのだ。密教の深遠にも触れられる立場の人間だ。
秘術の一つや二つ操れぬ訳が無い。

無論、成長期をとっくに終えている自身の身長を伸ばすことも、それ以上に八戒の身長を縮めるということも難しい。
しかし、抜け道は有ると思われた。

原作者だ。
あの好いから加減な作者に念を送って、設定を変えさせてやろう。
小さな矛盾など、普段から、ものともせぬ女だ。
登場人物の身長の設定を変えるくらい、あいつなら朝飯前に遣って退けるだろう。

八戒とほぼ同じ身長になってしまえば、身体は俺の方が逞しいんだ。
並んでいても見た目が良い。
例えば、正月なんか、年始の挨拶のイラストは、俺と八戒のカップリングになるかも知れんじゃないか?

俺様坊主が自分の思い付きに満足して、にんまりと不気味に笑った。

こういう次第で、その後三蔵は密教の奥儀を使い、作者宛に 『 八戒の身長を変えろぉ~~!』 という念を送り続けた。
・・・ かどうかは、神のみ ・・・ いや、仏のみぞ知るところである。






















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   かたじけないっ! ( 忝い )

   2008/05/15
   脳内妄想劇場
   written by Nachan

   無断転載・引用は固くお断りします。

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NOTE :

はいっ!申し訳ございません!( ← いきなり、平謝り )
タイトルの最後に、小っこい 「 っ 」 を付けた時点で、バレバレだったと思い
ますが、主旨もプロットも、最初から用意してはいませんでした。
ただもう、独角兕 ( 最遊記 RELOAD 以降限定 ) に、八戒に向けて 「 お前
は俺に買われたんだ。」 の台詞を言わせてみたかっただけの作品です。

馬鹿ですね~、ホント、馬鹿!
じゃあ、NARUTOで、猿飛アスマと我愛羅でも良いのかよ?ってことにも
なってしまいそうですし、やり出したら切りがありませんよね、これ。
勿論、これでお終いにします。もうやりません。 d(-_^) 多分!