STAYIN' ALIVE










久し振りに辿り着いたその街は、小さいながらも中々の活況を呈していた。
行き交う人々の表情も明るく、商店の軒先に並べられた物資の豊富さにも、
この街が、現在桃源郷を侵食しつつある災厄から未だ免れ続けていること
が見て取れる。
このところ、陰惨な景色ばかりを見せられていた三蔵一行には、ほっと息
の吐けるひと時であった。
「 うわぁ、店が一杯だぁ!」
悟空が嬉しそうに声を上げたのに、悟浄と三蔵ものんびりと頷いた。
「 こんなに賑やかな街は、久し振りだなぁ。」
「 ああ!」
中でも八戒は、街の平和な様子に誰よりも安堵していた。
「 妖怪の影響を余り受けてないんでしょうねぇ。」 と寛いだ面持ちである。
自称 『 非力な平和主義者 』 の 『 非力 』 は兎も角として、このような物騒
な時代に生まれ付いてさえいなければ、本来が慎ましやかな生活を持ち、
子供を相手に時間を過ごしていたような男なのだ。
束の間の休息であるにせよ、この時の平和な街の様子に心を和ませなが
ら、早速三蔵に肉まんを強請り叱られている悟空に、口添えまでしてやっ
ている。
「 まぁまぁ ・・・ 良いんじゃないんですか?肉まんくらい。」
「 甘やかすと悪い癖が付くぞ、八戒。」
とは言ったものの、三蔵も強く咎めたりはしなかった。
「 めっきり主婦だねえ!」 と悟浄にからかわれ、「 死ぬか!」 という返事が
口を衝いて出るのは恒例行事だとして、要するに四人とも多少は御機嫌で
いたということであろう。
しかしこういう時に限って、目一杯不吉な翳が射し易いのもまた、物語の
お約束というものである。
賑わいの中心から多少外れた通りの角に店出ししていた、不景気そうな
易者がいきなり声を掛けて来た。
「 もしもし、そこ行くお兄さんたち ・・・。」
旅路の先行きを占って上げましょう、と持ち掛けて来たその易者は、自らを
清一色と名乗った。
整っていると言えば整っているのだろうが、細い鼻梁にも薄い唇にも一切
温かみというものの無い酷薄な面構えが、口の端だけを上げてニヤリと笑う。
滅多に好きだという者の居なさそうな、いけ好かない容貌であった。
自分以外何も信じないと豪語する三蔵は勿論、陽気な現実主義者の悟浄、
食欲第一主義の悟空にも、麻雀の役名を通り名にする易者になど用は無
い。とっとと遣り過ごそうとする四人に男は追い掛けるように言葉を投げ付
けて寄越した。
「 教えて上げましょう。・・・ 死相が出ていますよ、皆さん。」
勝手な予言をした後、男は独りで悦に入って、ほほほと笑った。
「 貴様!」 と睨(ね)め付けはしたものの、無視を貫こうとすると、そ奴は
更にとんでも無いことを言い出した。
「 特にそう ・・・ 貴方だ。」 と八戒を指し示したのである。
「 そんな偽善者面で誤魔化してるけど、罪人の目をしてるじゃないですか。
腹に傷を持ってますね?それが貴方の罪の証だ。償い切れないほどの。」
一同が思わず眉を顰める言葉であった。
「 何モンだてめえ!喧嘩売ってやがんのかっ!」
悟空が真っ先に反応して熱(いき)り立った。
三蔵と悟浄にしても忌々しい事この上無い言い草だ。
何と言っても、このお話は旅立って間の無い頃のエピソードである。
今となっては及びも付かぬことだが、あの三蔵が、妖怪に髪の色のことで
嫌味を言われた悟浄を庇ったという、何ともほのぼのした時期だったので
ある。
今の三蔵の 「 てめえのこったろうが!」 の連発も無く、現在より更に大甘
まの悟浄と悟空が居たという時代であった。
そして、脆弱で自虐傾向全開の八戒に至っては、そのままその場に凍り
付いてしまっている。
ええい!と三人共忌々しく思ったが、これまでの立ち直り方が必ずしも順
調ではなかったことを知っている悟浄には特に、神経を逆撫でされている
ように感じられた。
それでも、八戒自身が相手を認識出来ていない様子であり、まさかとは思
うものの、清が本当に予言しているだけの易者である可能性も否定し切れ
ず、無闇に闘いを挑む訳にもゆかない。
飛び掛って来ないことに好い気になった清が、更に不吉な予言を続けた。
「 私の牌は運命を語るんです。ほら、災いは汝らと共に ・・・。」
『 災 』 の牌を四人に見せ付けて、甚(いた)振るように此方を眺めている。
その横では、この三年間の癒しの日々は何だったのだろうと思う程に一気
に元の自虐嗜好に引き戻された八戒が、早速、相手の言い条を素直に
復唱しているという始末だ。
「 罪人の目 ・・・ 償い切れないほどの ・・・。」
― 冗談じゃねえぞ。何処の世界に相手に押付けられた中傷を大真面目に
復唱する馬鹿がいるんだっ!―
悟浄は呆れ返りながらも、現にそこに立っている馬鹿の腕を掴んで清から
引き離した。
その時、丁度お誂え向きに現れた蟹型の式神が背後で暴れ始め、自分の
意志を持たぬ式神になど、端から敬意を払う気も無い一行には、八戒の
意識を易者から引き離すのには好都合にすら感じられた。
それでも、相手が式神と見定め、大した物では無かろうと目星を付けた八戒
はやはり気になって、易者を顧みた。
店として使っていたテーブルごと易者は消えていた。





その夜から、八戒は不眠症の兆候を見せ始め、昼間もぼんやりと考え事
をして過ごすことが多くなっていった。
式神が消えた後、残された麻雀牌を拾っていたこともあって、神経がささ
くれ立っていたのだろう。
移動中のジープの運転にも心做し苦しげな八戒であったが、それでも、清
一色が誰かを思い出せている様子は無く、三人はただ黙って見守った。


そんなある日、行程の都合で野宿を強いられることになり、一向は森の一
角にジープを止め、それぞれの座席で眠りに就いた。
月齢は浅いが、星の明るい夜であった。
真夜中 ・・・。
長く悩まされた不眠についウトウトしたものの、八戒は直ぐに花喃の悪夢に
魘されて目を覚ました。
当時の八戒の博愛主義者のような性格は、金輪際、我と我が身に対して
振り向けられることが無かった。
結果、当然と言うべきか、夢の中に現れた花喃は、八戒が自身を苛む時に
思い浮かべる言葉を吐き、自身を呪うために用いる台詞を用いて罵って
来た。
「 駄目よ悟能 ・・・ 貴方の手、血まみれなんだもの ・・・。」
自身の分身とも言える花喃に今、呼び掛ける事が出来、八戒に対して何ら
かの意思表示が出来たとしたら、こう言いたかったであろうという文言とは
180度真逆の内容である。
これが悟空から持ち込まれた相談事であったなら、間違い無く、少々高め
ではあるが、穏やかに静もった優し気なその声で、
「 良く考えて御覧なさい。花喃が貴方にそんなことを言うと思いますか?」
とでも再考を促すところであったろう。
しかし、この時の八戒にはそんな真っ当なことなど出来よう筈も無い。
悪夢の中に繰り返し恋人を失う苦痛に、浅い眠りすら得られぬまま目を
覚まし、ただその衝撃の名残に震えるしかない。
音を立てたつもりも無かったが、真横にいた三蔵がすかさず声を掛けた。
嘗て八戒を連行し、己の極刑を覚悟しながら、穏やかな笑顔を保って付い
て来た彼の様子を知っている三蔵のことである。
急激にその頃の精神状態に引き戻されている八戒の行動には、どうしても
神経質になっていた。
目覚めて真っ先に掛けられた言葉。
「 どうかしたか?」
「 何でもありません。寝相悪くて ・・・。」 あはは ・・・ と八戒は笑って誤魔
化した。
「 ちょっと散歩に行って来ます。」
相変わらず他人に対する気遣いばかりが強く、自分の感情は押し殺す癖
が抜けない男だと苦り切りながらも、「 気を付けろよ。」 とだけ声を掛けて、
三蔵は止めることをしなかった。
「 はい。」 という妙に大人しい好い返事。
真夜中に好い返事も無いものだ。結局は、目一杯落ち込んでいるのだろう。
自責の念が何処までも内向して行く厄介な性格であるということを嫌という
ほど知っている悟浄にしても、このところ気が気ではない毎日であった。
八戒が魘されて目を覚ました気配と共に目覚め、子供にすら優しい言葉を
吐かない筈の鬼畜坊主が、珍しく気遣いらしきものを見せているのを一応
納得して聞きはしたが、夜中に独りで散歩に行くことを黙認出来るほどの
度胸は無かった。
いや、前回、彼に恨みを抱く旧敵に遭遇した八戒が、自分に対して何を仕
出かしたかを考えれば、行かせられる神経というものの方が信じられない。
悟浄は三蔵が再び眠りに付くのを待って、そっとジープを抜け出し、跡を
付け始めた。





案の定、ジープから離れた八戒は独り森の中に佇み、己の掌なんぞを
しみじみと御鑑賞中である。
どうしようか ・・・ と、悟浄は躊躇った。
これが悟空なら話は簡単だ。
相談に乗るぞ、とでも言ってやれば、ゴキブリ河童と罵りながらも存外簡単
に心情を吐露して寄越すだろう。
三蔵の場合はもっと酷く毒づいてくるだろうが、あの男なら悟浄に毒吐いた
時点でかなり気が晴れている筈である。
しかし相手が八戒となれば、そうは行かない。
なまじ頭が切れるものだから、自分が言ってやれる理屈くらい先刻御承知
という顔をする癖に、それを自身に適用させられないでいるのだ。
その上、御丁寧に自傷癖まであるときては言葉を掛けるのも一苦労だ、と
心の中で舌打ちした。
果たせなかった約束。救えなかった唯一つの愛。ボクが奪った無数の咎無
き命。今はもう誰も抱けない罪で汚れたこの両手 ・・・。
どうせ、うじうじとそんな考えを堂々巡りさせてでもいるのだろう。
「 お前、生命線短けえなぁ!」
悟浄は八戒の背後からそっと歩み寄った。
「よっ!」 振り向いた八戒に態とにそういうふざけた言葉を掛けながら後ろ
から覗き込んで、内に篭ろうとする八戒の意識を強制的に現実に引き戻す。
言葉が効を奏したものか、八戒はその目に現実の光を取り戻し、大袈裟に
「 びっくりしたぁ ・・・。」 と笑って見せた。
「 そりゃ、こっちの台詞だ。こうも簡単にお前のバック取れるなんざ。」
指摘してやると、八戒は一瞬、あっと息を詰めたが直ぐに立ち直り、上手い
具合に同じような軽いノリで返して来た。
「 え ・・・ と、どれが生命線ですか?」
「 ん?ここんとこの線、ほれ。」
「 ああ、ほんとだ。短い。」
「 俺なんか、手首まで伸びてやがんの。もうゴキブリ並み?」
「 あはは ・・・ 繁殖力も強そうですしね。」
「 どういう意味よ、それ?」
幾分何時もの調子を取り戻した八戒の様子に、悟浄は安堵して煙草を
咥え、ライターに火を点した。
「 もしかして ・・・ ボクが起こしちゃいましたか?」
「 まあ。・・・ っていうか、お前さんの湿気た面、拝んでやろうと思ってよ。」
ふう、と煙を吐き出しながら憎まれ口を叩く。
つまりは、これが三年間の同居時代に培われた二人の関係である。
一見つれないというか、男女間の恋愛でもあるまいし、べたべたするわけ
にもゆかず、多少の距離感は残しておきたいのが二人の本音であった。
それでも、気持ちは伝わっているらしい。
八戒はそんな悟浄に目を細めると、緊張を解いて微笑んでいる。
「 訊いても良いですか?」
ややあって、不意に八戒がそう言った。
「 何だ?」 と促してやる。
「 夜中に野営から抜け出す場合の用事って、百のうち九十九まで、用を
足しに ・・・ だと思いません?」
悪戯っぽく言って、悟浄の反応を窺っている。
「 用を足すって ・・・ それ、小便って事?」
悟浄は思わず問い返した。
婉曲表現になど縁の無い男であるが、今はそれ以上に、この場にそういう
話題が持ち出されていること自体が信じられない。
「 ええ。夜中に抜け出した仲間を気遣って、跡を付ける。・・・ 絵的にぐっと
来る所なんですけど、実際問題として、夜中の用事って、殆どそれじゃない
のかな ・・・ と?」
のんびりした表情で八戒はそんなことを言った。
「 だって、お前さっき、手を眺めて ・・・。」
あれはお前が自虐趣味に走っている時のサインだろうに!そう思いながら
確認してみる。
「 あれはその ・・・ 掛かっちゃったかな ・・・ って!」
八戒が、あはは ・・・ と笑った。
― 何なんだよ、それ?―
拍子抜けした悟浄がつい釣られて、軽い気持ちで訊き返してしまった。
「 お前 ・・・。もしかして、立ち小便 ・・・ 出来るんか?」
気が緩んで、ついつい普段からの疑念が口を衝いて出たのだったが、この
言葉にピクリと身体を引き攣らせた八戒は、ゆっくりと顔の向きを変え、悟浄
を振り返った。





一旦目を閉じてはみたものの、戻って来ない八戒を案じて、彼の去った方角
を気にしていた三蔵は、その方角がボッとドーム型の白い光に包まれるの
を目撃した。
「 阿呆河童が。またしょうもない事を言って八戒を怒らせやがったか!」
「 悟浄ってホント、子供みたいだよな!」
何時の間にか起き出して同じ光を見ていたのだろう、後ろの席から悟空の
声がした。
「 俺がさ、宿屋に泊まって八戒と同室になった時なんか、可哀想に八戒の
奴、夢の中でまで悟浄を叱り付けてるんだぜ?
うわ言の頼りない声で、『 悟浄いけません。悟浄、悟空に悪い見本を見せ
ちゃいます。』 とか、必死で小言を言ってんだ。」
三蔵のコメカミがピキッと音を立てて引き攣った。
「 お前その時、八戒を見たのか?」
「 夢うつつに聞いただけ。俺、何時も起きられなかったんだけど。」
三蔵はS&Wに弾丸を装填し直すと立ち上がった。
「 三蔵、何処へ行くんだ?」
「 ゴキブリ退治だ。」
桃源郷随一の有難い最高僧はそう言うと、気功砲が炸裂した位置に向かっ
て歩き出した。


木陰に隠れて様子を窺っている清が、呆然と四人を見詰めていた。
怪し気なからくり人形を使って陰湿に虐めてやろうと考えていたのだが、
どうにもその場の雰囲気が、陰湿を受け入れるものとは思えず、仕掛ける
機会を見失った儘でいた。
なにしろ ・・・。
目の前には、相棒の気功砲で痛めつけられてボロボロになりながら逃げ
回っている、大柄な男。それに狙いを着けて実弾を発射する鬼畜坊主。
自分で引き起こしておきながら、「 困りましたね〜。」 と頭を掻いている暢
気そうな青年。その脇に立って、「 悟浄、また何か悪いことしたのか?
いっつも怒られてんのな?」 などと言いながら、夜中に起こされた所為か、
直ぐに 「 腹減った〜!」 と座り込んで喚き始めた子供が居るのである。
何時の間にか、頭上に白い小竜までが飛んで来て、嬉しそうにキュウキュ
ウ鳴きながら星明かりの空を舞っている。
つくづく甚振り甲斐の無い連中だと清は歯噛みしていた。






















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   STAYIN' ALIVE

   2008/02/20
   ギャグ作品
   written by Nachan

   無断転載・引用は固くお断りします。

   ブログへのリンク
   http://akira1.blog.shinobi.jp/

   素材提供:Art.Kaede〜フリー素材
   http://www117.sakura.ne.jp/~art_kaede/










NOTE :

一応、ギャグです。ナンセンスですね ^^

真夜中の友情 ・・・ 本当にそんな場面が展開出来れば
絵になるのでしょうが、現実にはそういう場合、十中八九
おしっこでしょう。( ̄_ ̄|||) どよ〜ん

ところで ・・・。天真爛漫な悟空に、
それは、お小言ではなく、よば ・・・ 云々を教えてあげる
のは、わたしには、もう少し後の方が良いと思います。
(。・・。)(。. .。)ウン