―― 投 身 ――











宮殿の回廊の一角で揉め事らしいというので、多数の野次馬が集まった。
尤も、何やら因縁をつけられているのが西方軍の元帥、絡んでいるのが
東方軍の大将とあって、興味を持つ者は殆ど軍関係者であった。
位置的に東方軍に近いため、西方軍の見物人の数は限られていた。
たまたま通り掛った下級兵士の何人かが、震え上がりながら経緯を見守
っていた程度で、大半が東方軍の関係者である。
天蓬に詰め寄っていた大将雷薄にとって、その状況は偶然ではなかった。
最初からこの男が天蓬をこの場所で捉えたのには目的があった。
「 どちらに非が有るかを今問うているのではない。原因が我が東方軍の
敷地内での出来事であったと言っているのです!」
雷薄は声を荒げた。
「 だから、事情徴収その他も我が軍で行うと。」
「 それがどうしていきなり懲罰房行きの話しになるのか、と伺っているの
です。」
天蓬が冷静に答えようとはしていたが、相手は端から喧嘩を売る気で荒っ
ぽく捲し立てており、冷静に道理を説こうとする方が却って不利になって
しまっていた。
泣く子と地頭には勝てぬという奴で、論理を欠いた自己主張の喚き立てと
いうものは意外に強い。
「 捲簾大将の不始末の相手を我が軍内部でそう処置したからです。
喧嘩両成敗。それが我が軍のやり方です。捲簾大将は我が東方軍の内部
で喧嘩をした訳だから、我が方のやり方に従って貰います。」
言っている理屈に大した正当性は無い。
ただただ喧嘩の場所が自軍の領域であったから、差し出せと言って迫って
いるのである。
「 承服しかねますね。」
天蓬は突っぱねた。
「 自分の部下を不当と分かっている逮捕に差し出すつもりはありません。
ましてや、自身の部下を処罰したからと言う理由で、同じように懲罰房に
収監したいなど以っての外です。」
「 これはおかしな話だ。では、西方軍の兵士が我が軍にちょっかいを出し
た場合は振り逃げで良いと?お咎め無しで? ・・・ そんなことを言われては
引き下がれませんな!」
雷薄はそう言った後、口元に卑しい笑いを浮かべて付け加えた。
「 それとも、部下思いの天蓬元帥が彼の者の代わりに取り調べに応じて
下さいますかな?それなら私の顔も立ちますが。」
食えない男だ。今度は自身の顔を立てろと要求して来る。
不当とは分かっていても、相手も大将位である。
無下にする訳にもゆかず、ましてやこれだけ東方軍の見物が取り囲んだ
中で撥ね付けて相手の面子を潰したとなれば、宣戦布告にも等しい。
止むを得ず天蓬が返した答え、それは、
「 分かりました。ボクが行きましょう。」 であった。
「 捲簾はボクの部下ですから、その不始末はボクの責任です。」
相手は心中、我が意を得たりとほくそ笑んだ。
わざわざこんな所を何日も見張って、天蓬元帥を待ち伏せた甲斐があっ
たというものだ。
頑丈で打たれ強い捲簾を捕まえて折檻したところで、ふてぶてしい態度を
見せ付けられるだけのことである。
それより、頭脳的には優れているのかも知れないが、どう見ても体力面に
弱みのある天蓬を痛めつけてやった方が、あの捲簾に強烈な意趣返しが
出来ると雷薄は踏んでいた。
勿論、本当に捲簾に用が有るのは東方軍でも喧嘩相手の兵士でもなく、
過去の軋轢を持つ雷薄自身である。
しめた、まんまと引っ掛かりやがった。これで今度こそ捲簾の泣きっ面が
拝める。
雷薄が勝利を確信したその時、横合いから雷が落ちるような怒りの声が
轟いた。
「 この大馬鹿者っ!」
割り込んできたのは西海竜王敖潤であった。

敖潤は真っ直ぐに天蓬目掛けて歩み寄ると、いきなり胸倉を掴んで自分
の方を向け、次いで間髪を入れずに思い切り部下の顔を殴り飛ばした。
相手が敖潤と認識した時点で一切の抵抗を放棄してしまう癖のある天蓬
は、その激しい殴打をモロに食らって消し飛び、回廊の壁にぶつかって
崩れて落ちた。
口の脇が切れ、舌も噛んでかなりの出血があった上、ぶつかった時に
軽い脳震盪を起こしていて、直ぐには立ち上がることも出来なかった。
確か敖潤と一緒に現れた筈の西方軍の士官数名が素早く駆け寄って、
天蓬を助け起こす振りをしながら、さりげなく雷薄から引き離して、不穏な
気配を知って徐々に集まり始めていた西方軍の見物人の居る側に引き
寄せる。
その一人が、あくまで雷薄は相手にせず、敖潤だけを見て叫ぶ。
「 閣下、これ以上は御容赦を ・・・。元帥は頭をぶつけられたようです。」
天蓬はふらつきながらも何とか立ち上がろうと身をもがいたが、複数の
体格の良い士官が助け起こすと見せ掛けて、その実がっちり押さえ込もう
とするのに阻まれて頭も上がらない状態であった。
敖潤は、天蓬がなお立ち上がろうとしているのを知ると、追い駆けて来て
傍に寄り、士官の手から天蓬を奪うようにして、もう一度殴り付けた。
「 そのような勝手な真似は私が許さん、天蓬元帥!」
二度目の殴打で激しい眩暈を起こした天蓬が大人しくなり、それを支えて
いると見せた士官が先程より強い力で天蓬を羽交い絞めにしているのを
確認すると、敖潤はゆっくりと振り向いて雷薄に向き直った。
「 自らの職責を放棄して勝手に部下の失態を償うなど、この私が許しては
おらんのでな。」
有無を言わせぬ迫力で敖潤は雷薄に宣言した。
「 この者は私が職責放棄で処罰する。貴殿の方には後で捲簾本人を
行かせよう。それで貴殿の気は済む筈だ。」
元より異論を唱えさせる気は毛頭無い。
「 しかし、あくまで捲簾は事情徴収のために出頭させるのだからな。
それ以上の不当な扱いが有れば、出頭を命じた私が黙ってはおらぬ。
そこの所は分かっておいて頂こうか。」
西方軍の責任者敖潤その人が出て来て、後で捲簾を行かせるとまで
言われれば、それでも天蓬をとは言えない。
逃したか、と雷薄は心の中で舌打ちをした。
しかも、出頭させると言っている捲簾までが、敖潤を通しての出頭命令と
なると、大した仕返しも出来そうも無い。
それでも、雷薄にはただ頷くしかなかった。
しかし、見れば敖潤は天蓬の方に向き直って怒鳴り付けている。
「 何時まで延びているつもりだ。立て。お前は私が処罰してくれる。」
ようやく後ろから締め付けられていた力が緩んだ ・・・ というか、今度は
逆に助け起こそうとしてくれる力が加わったのを感じ、天蓬は何とか立ち
上がった。
「 行くぞ。」
敖潤がとっとと来た方に引き返し始めたのを、部下に支えられながら後を
付いてゆくしかなかった。
雷薄は多少は満足してそれを眺めた。
自分では手を下せなかったが、敖潤が代わりをしたか、と思いながらそれ
を見送っていた。

敖潤は先に立って西方軍の倉庫として使っている建物に入って行った。
そこは元々が営倉であった場所で、奥の一室だけが未だに敖潤が天蓬
の処罰専用の営倉として使っている場所である。
これまでから規則違反や負傷隠しで、天蓬が何度もぶち込まれている
ことは、西方軍の誰もが承知していることではあったが、ここまで怒りを
爆発させた敖潤に捕らえられた上官の姿は流石に見たことが無い。
本当にこのまま手を貸して歩かせ、敖潤に引き渡しても良いものなのだ
ろうかと疑い始めた頃に目的の場所に着いてしまった。
奥の部屋の前まで来ると、敖潤は錠前を外してドアを開け振り向いた。
そして、部下に助けられてそこまで辿り着いた天蓬を部下達から毟り取る
ようにして乱暴に肩を掴んで引き寄せると、その身体をドアの中目掛けて
叩き付けるように投げ込んだ。
中で何かとぶつかるような激しい音がする。
しかし、音は一回切りで終わり、立ち上がるのに出るであろう音が聞こえ
て来なかった。中で倒れたままになっているのだろう。
驚いた部下達が覗こうとすると、敖潤が立ちはだかって止めた。
「 お前たちはもういい。御苦労だったな。」
「 しかし、元帥が ・・・。」
「 報せてくれたことには礼を言う。首尾良くあの者も回収出来た。本当に
御苦労だった。」
「 いえ、閣下 ・・・ でも ・・・。」
付いて来た部下達が困り果てたように何か言おうとし、ドアに向かって走り
込もうとする者も出たが、敖潤は許さなかった。
さっと自分が先にドアから入ってしまうと
「 お前たちの見るものではない。下がれ。」
と怒鳴り付け、ドアをバタンと閉めてしまった。
残された部下達はただ、敖潤のあの見たことも無いほどの激しい怒りが
なるべく早く静まってくれることを祈るしか無かった。





部屋に投げ込まれた時の強過ぎる衝撃で今度こそ本当に気絶していた
天蓬が目を覚ましたのは小一時間も経ってからだった。
目が覚める前に微かに呻き声を上げたのと、顔を動かしたのに気付いた
敖潤が覗き込んだ。
天蓬が目を開け、怯えたように敖潤を見上げる。
「 大丈夫だ。ここに居るから。」
言ってから敖潤は天蓬が怯えた対象が自分だと気が付いた。
それでもただ、敖潤は天蓬の顔に乗せていた布を剥がして、汲んである
水に浸して絞り、そっと乗せ直してやる。
節くれ立った大きな手が不器用に、それでも精一杯気を遣って天蓬に触
れ、布を置くと、傷の無い方の頬を手で撫でてあやした。
「 閣下 ・・・。ここは何処でしょう?」
天蓬の最初の言葉はそれである。
「 ああ、眼鏡はまた叩き割ってしまった。後で新しいのを調達せんとな。」
しかし天蓬は聞いていない様子で、見え難い目で見える範囲を見回して
いる。
とても懲罰房には見えない綺麗な壁と調度。
寝かされているベットも最高級品であって、身体が浮いているかのように
柔らかい。
暫く目を凝らしているうちに、何時も入れられている営倉の2重になった
奥の部屋だと気が付いた。
懲罰とは名ばかりで大抵は負傷隠しを咎められて連れて来られ、部下達
への手前、折檻と称して敖潤の計らいで休まされていただけの居心地
良く設えられた部屋 ・・・ そこに連れ込まれて何時ものベットに寝かされ
ていると知って驚いている。
「 何時もの ・・・ ?」
「 そうだが?」
天蓬は身を捩って起き上がろうとしたが、両手と両足に付けられた枷に
阻まれて出来なかった。
「 これは ・・・。」
「 そんなに驚かずとも ・・・。怪我をしていても人に寝込んでいる姿を見せ
たがらないうちの癖の悪い軍師のために用意したお馴染みの枷だろうに。」
「 何時もと同じ ・・・ ですか?あんなにお怒りだったのに ・・・。」
「 怒るって?そんな訳は無いだろう。以前にも言った筈だ。お前のする
ことを全部認めてやる。どんなことになっていても受け入れる、と。」
天蓬には言葉も無かった。
「 よいか、お前の傷は直ぐに治る。表層を傷付ける事を狙って打ち込んで
いるから、見た目は悪かろうが傷は浅い。それに、手当ても済んでいるし、
あちこちぶつかって汚れたところも綺麗にしておいた。何も心配は要らん。」
そう言って、優しく天蓬の頭を撫でると、立ち上がりかける。
「 もうちょっと付いていてやりたかったが、暫く離れる。忌々しいが捲簾を
送り届けてやらんとな。」
天蓬が驚いたように敖潤を見上げた。
「 私が直々に送り届けて、向こうの責任者に引き渡すことにした。つまり、
無事に帰さねば黙ってはおらんという意味だ。・・・ それで納得か?天蓬。」
「 有難う御座います、閣下。」
「 礼は要らん。捲簾の代わりにお前に感謝されるのは本意ではない。」
それでも天蓬は敖潤に感謝し、殆ど動かぬ手を差し出そうとした。
手先が動きたがるのを見て、敖潤はその手を握ってくれたが、直ぐに送り
届けるように元の位置に返して軽く押さえる。
「 擦れるから動かすな。私は行って来るが大人しくしておれ。」
天蓬は手首に目をやり、何時も通りにたっぷりとベビーパウダーが振られ
ているのを見て、漸く自分が今度も敖潤の甘過ぎる保護の下に居ること
を納得した。
「 申し訳御座いませんでした。」
やっと状況が把握出来たらしい部下の心からの謝罪に、敖潤は頷いたが、
その後急に厳しい表情になった。
「 天蓬 ・・・ お前も認めなくてはならん。お前は確かに強い。四軍の中に
あってもお前に勝てるものは居らんだろう。・・・ まともに遣り合えば、な。」
わざとに一呼吸置いて、本題をゆっくり告げる。
「 だがお前の強さは、お前の頭の切れで為し得る状況判断の速さと、生来
の反射神経に拠るものだ。体力そのものは、あの酔っ払い大将の足元
にも及ばん。お前が人にどう見られたかろうと、それは変わらない。」
それから、天蓬の瞳を覗き込んで、訊いた。
「 私は幾ら何でもそれくらいは理解出来る部下を持ったと信じたいのだが?」
天蓬は頷いた。
「 もう ・・・ いたしません。」
敖潤は立ち上がってドアを開けた。
「 何時もの台詞だな、天蓬。まぁ良い。とにかく行って来る。」
言うと敖潤は出て行き、外から施錠される音がした。





「 行こうか捲簾。」
促すと捲簾がニヤニヤしながら立ち上がって付いて来た。
「 薄気味の悪い奴だ。これから相性の悪い東方軍に引き渡され、懲罰房
にぶち込まれるという時に何が可笑しい。」
「 敖潤閣下に送って頂けるとは光栄だなぁと思いまして。何かあっても
必ず生きて帰って来れそうですし。」
捲簾は何かを想像してきしし ・・・ と面白がっている。
「 誰が貴様に温情など与えたいものか!天蓬に予想以上の怪我をさせた
ので、その罪滅ぼしだ。」
「 え?」
捲簾の顔色が変わった。
「 あんた、何時ものように天蓬を甘やかしていたんじゃなかったのか?」
「 あの場でそんなことをして、どうやって収拾を着けるんだ?」
「 そんな ・・・。」
「 暫くは起き上がることも叶わんだろう。まぁ、丁度良い、あ奴も多少は
本気で懲りんとな。体力馬鹿の貴様に合わせるなど多少の犠牲を払って
も止めさせるべき時だったし。」
「 おい!」
と捲簾は立ち止まって先に行き掛ける敖潤を呼び止めた。
「 見送りは要らん。自分で出頭する。」
そう言うと捲簾は敖潤を追い抜いてどんどん行ってしまう。
それでも後を追いながら敖潤が、
「 ただの見送りではない。無事に帰せという意味合いなのは今自分で
言って知っているのだろうに。馬鹿なことばかりしようとする。」
と咎めると、捲簾は険しい目を向けて振り返った。
「 あんただって今自分で天蓬が体力馬鹿ではないと言ったろうに。」
「 あの場の状況を知らんから、そんなことが言えるのだ。そもそもが貴様
が相手領域で喧嘩などした所為だろうに、偉そうに抜かすな。」
捲簾は、暫く黙って歩いていたがやがてぼそりと呟くように言った。
「 俺も嵌められた ・・・。」
「 うん?」
「 俺も、天蓬がそこに居て難儀していると騙された。ま、十中八九はそんな
筈無いとも思っちゃいたが、万が一を思うと確認している訳にはゆかなか
った。はっきりと敵と認識している時なら兎も角、不意打ちで相手が複数
となると、最初に襲い掛かられた時のダメージをどう受け止めるかの体力
勝負になるからな。」
「 それで、相手方に引き込まれたのか。」
敖潤が確認した。
「 ああ。」
と簡単に頷くだけの答えを返し、付け加える。
「 天蓬には言うなよ。気にするし、あいつには何の関わりもないことだ。」
「 誰が言うものか。大概にしろ。貴様の株を上げてやる気など無い。」
捲簾はくっくと笑った。
だったら、せめて送って行って貰おうかという気になっていた。

敖潤が戻って来て扉を開くと、天蓬は出て行ったときのままに大人しく
寝て待っていた。珍しく逃げようとした形跡が無い。
一応そうは出来ないように洋服と眼鏡は毎回取り上げておくのだが、それ
でも何がしかの馬鹿は仕出かすのが敖潤の知る天蓬であった。
「 大人しいじゃないか。」
さては、先程の怒り方が強過ぎて、まだ自分が怒っていないと信じ切れて
いないのだろうか、と疑ってみる。
「 迷惑を掛けてしまいました。閣下には申し開きも出来ません。それから、
捲簾にもです。」
「 何を言っているんだ。私は上司として当然だし、第一その、捲簾にもと
いうのは何なんだ。」
最後の方にはつい語気が荒む。
「 捲簾は豪快な性格なので必要以上に大胆に見えますが、計算の出来
ない男ではありません。それがむざむざ相手方で暴れさせられたなら、
恐らく原因は自分でしょう。」
「 それは有り得ない。違う。」
そう敖潤は答えた。しかし、天蓬は益々辛そうにして顔を背けてしまった。
「 何故?」
「 本当に違っていたら、閣下は先ず捲簾を罵る言葉を発される筈です。」
敖潤は横に座ると天蓬の髪を撫でてやった。
手入れの悪さに反比例して健気に漆黒の光沢を放つさらさらの髪を指の
中で滑らせていると、相手も落ち着きを取り戻してゆくのが伝わって来る。
「 捲簾が出て来る時には、外で迎えさせてやるから。」
そう声を掛けると、渋々ではあるにしろ多少の安心は出来た様子で、天蓬
が、僅かに頷いた。
「 だから、しっかり休んで体力を戻しておけ。お前は顔に傷を負っている
だけでなく、ぶつけられて頭を打ち付けてもいる。」
敖潤は髪から指を放して、持ち込んだ食事をベットに移した。
「 食事を取らないと。口の中に怪我があるから辛いだろうとは思うが。」
敖潤がスプーンを取り、粥を口に運んでやろうとしたが、天蓬は辛そうに
するばかりで、口を開けようとしなかった。
口の中の傷が痛むのを怖がって、などという理由でないのは誰にでも
分かる。
捲簾がそれどころの状況ではないことを考えれば、食事などとても取る気
にならないということに違いなかった。
「 あの馬鹿の真似は出来んと言ったろう?あの馬鹿は10日位飲み食い
しなくてもどうということは無いが、お前には合わせられない。特質の違い
だと思うぞ、天蓬。」
「 ・・・ ?」
「 持って生まれた特質の差だろう。お前はお前の美質を持って生まれて
来た。そして、捲簾もその美質が好ましかったので、お前に惚れたのだ
ろう。人は自分と同じ値打ちを人に求めるものではないからな。」
再度、口に粥を押し付ける。
「 命令だ。口を開けろ。」
職業的に聞きなれた命令形の言葉に却って気が解れた天蓬はやっと口を
開いて、食べ物を取ることが出来た。
「 頼むから天蓬、2度と私に捲簾を庇うような言葉を口にさせないでくれ。」
敖潤は溜息を吐きながらそう呟いたが。

天蓬は食事出来ているのだろうか?と捲簾は思った。
普段の敖潤なら、その辺りの配慮に何の心配も要らないが、今回外面的
にも非常に厳しい立場を取っているらしいのが気に掛かる。
勿論、あの強面の最高責任者は天蓬が一言欲しいと強請れば何だって
与えるのだろうが、そもそも当の天蓬が食事や睡眠といった生活の必要
に疎いときている。
しくじったな、と感じ始めていた。
どうしても、何があってもあいつに付いていてやらなくてはいけなかった
のに。
ここを出たら2度とこんな間違いはするまい、と改めて心に誓った。
ずっと一緒に居てやって、それが出来ない時にはこんなんじゃない正常
な状態で敖潤に引き渡そう。
敖潤はいけ好かないが、天蓬の保護者としては天下一品で信頼出来る。
そんなことをあれこれ考えていた。
自分はと言えば、東方軍の兵営内の懲罰房で鎖に繋がれている状態で、
そうされる前に受けた暴行で肋骨も2・3本折られているらしかったが、
それは余り気にならなかった。
自分には体力が有ると思っていた。
怪我にも強いし、回復力にも自信がある。
そして何よりも痛ければ痛いと大声で悲鳴を上げることも、文句を言うこと
も出来る。
しかし、天蓬には何故かその両方が全く出来なかった。
捲簾はそれを知っており、案じても来た。
痛みを訴えないことと、文句を言わぬことで相手の容赦が無くなり、常に
怪我が大きくなり易いきらいがあった。
今回は敖潤にそうとう痛め付けられたようだが、どうせ声も上げずに引き
立てられて行ったに違いない。
あいつは何時も傷を隠し、声を押し殺し、歯を食い縛って物事を遣り過
ごす。
それを思うと結果的にそういう事態を招いた自身の軽率な行動が悔やま
れた。
「 まずったよなぁ ・・・。」
捲簾は呟いた。
「 あいつだけは只ではおかん。」
無論指しているのは敖潤ではなく、雷薄の方であった。

もう眩暈はせんのかと問われた上で、治りましたと答えると、手枷が外され
足の枷も天蓬がベットの頭の部分に腰を持ってこれる所まで緩められた。
半身を起こして良いと言うので天蓬が身体を起こすと、背中に多目の枕を
差し込まれ、数冊の本が手渡された。
「 眼鏡無しでも読めるのか?」 と敖潤が訊いた。
「 人には見せられない格好になりますが。」
「 では、私は出ていよう。・・・ いや、本当に用があるんだ。」
一緒に持って来たチョコレートを横に置いてやる。
「 そうして機嫌好く過ごしていてくれ。菓子でも良いから口に入れてな。」
「 申し訳ありません。」
色々させてしまったことに対する遠慮から、居心地が悪くて仕方の無い
天蓬が詫びを言うと、敖潤は心外だという顔をする。
「 理由は宜しくなかったろうが、お前の世話を焼くのは嫌いではない。」
更にわざとに憮然として見せ、「 こうしているのは悪くない気分だ 」 と付け
加えさえした。
何と答えて良いものやら分からなくなった天蓬に、
「 では用を済ませて来る。寛いで休んでおれ。」
と声を掛け、敖潤は出て行ってしまった。
施錠される音を聞きながら、渡された本を見てみると、どれも軽い冒険物
の小説である。
天蓬は本を手に取り、目を近付けるようにしてそれを読み始めた。
最初、何だ、宇宙船の出てくる絵空事か、と思ったが、冒険物語の割に
登場人物が細かく描き込まれており、ある種の軍隊のような組織に所属
している彼らが誇りを持って行動している姿が生き生きと浮かび上がって
くるのが楽しめた。
職業柄天蓬は、その自主性を持った人物達が自己の誇りや上官への
尊敬の念から統制の取れた行動を取る様子に興味を持った。
西方軍に関しては、これも叶わぬ夢ではないな、などと興味を惹かれ、
一気に読み進んでゆく。
いつの間にか天蓬の頭からそれ以外の世界が消えていった。

まだ怪我の残る身体で思いの外没頭していた時間が長くなった天蓬は
突然、這い登ってくるような熱気に気が付いた。
「 しまった ・・・。」 と思ったときには遅かった。
「 嫌です。来ないで下さい ・・・。」 天蓬は誰にともなく呟いた。

敖潤が仕事を済ませて戻ってみると、天蓬は眠っていた。
予備の枕を脇に押し遣り、チョコレートと本をサイドテーブルに載せ、足を
枷が緩められていなかったらそこにしか置けなかったろうという位置に
戻して、元通り横になり毛布を掛けて大人しく眠っている。
嫌な予感がして、額に手を置いてみると煮えくり返りそうに熱くなっていた。
「 天蓬 ・・・ ?」
呼び掛けると薄っすら目を開けたが、熱の所為で声も出なくなっている
らしく、唇が少し動き掛けたが何も言わないまままた目を閉じてしまった。
「 またか。」
そう呟くと敖潤は水を汲んで、額に絞った布を宛がってやった。
「 直ぐに熱の出る身体だな、天蓬。」
この身体で一軍を率いているかと思うとぞっとするほどだったが、この男
の場合、それに抗うようにして気力を振り絞ることで、ある種の精神集中
を果たしているようにさえ見える。
身体を頼りに出来ずに必死で気力を高めてここまで来たのだろうと、敖潤
は思っていた。
「 だがこれで、ここから出て捲簾を迎えるという計画は駄目になった。」
聞こえてはいたのだろう。天蓬はその言葉に反応して手を伸ばそうとした。
しかし、その手は途中で力無く落ちてしまう。
落ちた手を取り握ってやると、何かを求めようとして力の入っていた身体
から力が抜けた。
すうっとベットに沈み込む様子が目で見ていても分かる。
思わず握っていた手を口元に運び口付けすると、嬉しそうに表情を緩めて
寛いだ。安心したらしい。
他の者には徹底して隠したがる発熱を何故か天蓬は敖潤には見せる。
この時もまた、普段なら発熱しておれば意地でも普通に起きている姿しか
見せようとしない天蓬が、敖潤しか来ないと分かっているこの営倉では
本を畳んで横になり、眠って敖潤を待っていた。
何時ぞや捲簾に兄さんみたいなもんだろうと言われたが、捲簾がそう言う
のは、天蓬がそう教えたからに違いなかった。
本気で兄のように思ってくれているのが嬉しくもあり、痛くもある。
複雑な思いであったが、当面はそれに応えてやりたいと感じていた。





結局捲簾は敖潤の脅しが効いてか、逮捕されて3日後に肋骨を数本折ら
れて西方軍に戻って来た。
普通ならおおごとであったのかも知れないが、この男に限ってその程度の
損傷は何でもなかった。
サポーターで身体を締め上げて、それで問題無しという顔をして早速食堂
に現れ、3日分を取り戻そうという勢いで食事を取っていた。
「 つくずく馬鹿丈夫に出来ている。」 様子を見に来ていた敖潤は苦笑した。
「 天蓬には余りひけらかすなよ。それだけが軍人の資質とも思えんが、
あれは直ぐに羨ましがるし、真似しようとするからな。」
「 天蓬の姿が見えないが、まだ立てんのか?」 と捲簾が訊く。
「 ああ。別口の方だが。」
「 別口とは?」
問い返されて敖潤は、初めて捲簾も天蓬の発熱の多い体質を知らないの
だと気が付いた。
一瞬、「 え?」 と声を出してしまったが、直ぐに 「 いやその ・・・ 殴った傷
以外に、身体をぶつけたときの損傷が存外大きくてな。」 と誤魔化した。
確かに現場に接している捲簾には教えてある道理も無かった。
天蓬が自身の身体の癖を一番ひた隠しにしたいのは、仕事上、部下達の
手前だし、それに接しながら統率しているのが捲簾大将だ。
たとえ天蓬が捲簾に特別な感情を持ち、捲簾も天蓬に理解を示して、そう
いう身体の持ち主だということを隠すことに同意してくれたとしても、今度は
気遣われて周囲に知られる危険もある。
もしかしたら、一番知られたくない相手に余計な一言を漏らしてしまった
かも知れないな、と悔やんだ。
拙いことに捲簾は直ぐに聞き返す筈の怪我の程度を訊こうとせず、何事か
考え込んでいる様子である。
捲簾は暫く黙っていたが、付け足しのように 「 で、怪我の具合はどう?」
と訊いてきた。
「 ああ ・・・ あまり良くはない。」
「 見舞ってやりたいんだが、やっぱり駄目か?」
懲罰中ということになっているのを知っていてそういうことを言う捲簾に
「 良い訳がなかろう。」 とだけ告げると敖潤はとっととその場を立ち去った。
それ以上話していると、余計なことを洩らして天蓬に失望されそうな気が
した。

3日間の不在とはいえ、天蓬と両方を欠いていたこともあって、火が消え
たようになっていた西方軍の兵営に多少は活気が戻っていた。
相変わらず天蓬を欠いたままではあったが、それでもそれまで何処でどう
していようが天蓬の情報に一番詳しい捲簾が戻って来たことが心強い。
久し振りに士官室で繰り広げられたカードゲームに興じながら、誰から
とも無く 「 敖潤閣下のお怒りはまだ続いているのでしょうか?貴方が帰っ
て来られるというのに、解放されて迎えさせて貰えないなど考えられない
ことです。」 という声が上がった。
敖潤の怒りなんてものは端から無かったにしても、敖潤の度の過ぎた
救済措置による損傷は既に消えているらしいんだがな、と捲簾も思う。
「 治まっているらしいんだがなぁ ・・・ 俺にも分からん。敖潤が何か隠して
いやがるんだが、天蓬の事情で姿を見せられないらしい。」
捲簾は 「 懲罰 」 の内容だけを伏せて、感じている疑問をそのまま口に
出した。
すると ・・・ 意外なことにその場に居る士官達は誰も驚かず、皆、
「 ああ ・・・。」 という顔をする。
「 ん ・・・?何か知っているのか、お前達?」 と訊くと、互いに顔を見合わせ
てどうしたものかと思案中のようだ。
「 おい!」 と促してみると、
「 天蓬元帥が貴方に知られたいと思っていらっしゃらないように思います
ので ・・・。」 という答えが返ってきた。
「 お前達なら知っていて良くて、俺だと駄目なのか?」
「 いや、誰にも知られたくなかったと思います。我々も長く御一緒している
間に何となく分かったのです。教えて頂いたことは有りません。」
「 お前達が知っているなら、知っておきたいと思うんだが?」
「 はぁ ・・・。 」
その後、何度か顔を見合わせ、ひそひそ相談し、やっと教えてやるしか
無いだろうという結論に達したらしい。
一人が思い切ったように口を開いた。
「 実は、天蓬元帥はお身体に弱点をお持ちです。」
「 時々熱を出すって事か?」
驚いたようなどよめきがあった。
「 御存知でしたか。」
「 俺は触るもん!」
やれやれ ・・・ といった囁き。
「 まぁ、触れば熱いと分かるでしょうが ・・・。」
「 いや、絶対触らせない時があるってこと。」
「 ああ ・・・。」
「 あいつには警戒して自分に触れさせない時がある。その時にも頑張って
はいるんだけれど、何か切れの無い感じが否めないんだな。恐らく身体の
不調だろうと踏んではいたが、まだ周囲にバレてなさそうだったので、指摘
はしないでおいた。」
「 はぁ ・・・。確かに僅かな切れだけの差です。下級兵士には区別が付か
ないらしく誰も気付いていないようですから。」
「 ずうっとあんななのか?」
「 最初にここに来られた時からそうです。」
「 放っといていいのかな。」
「 差し支え無いでしょう。仕事に支障を来たされた事が一度も無い上、どう
しようも無くなったら、その時点で敖潤閣下が何か理由を付けては回収
なさいますし。」
「 敖潤が?」
「 見ていないようでいて常に見ておられるらしくて、やばいなと思い掛ける
と必ず閣下が連れて行ってしまわれます。」
「 営倉へ?」
「 まさか。それは今回たまたまそうなったというだけの話です。普通は御
自身の別荘とか、御領地とかに連れて帰られます。」
「 ふーん。」
考え込んでいると、疑っているような複数の視線を感じる。
「 だからと言って、あの方がうちの最高の司令官で軍師で、貴方の優秀な
副官であることには変わり無いと我々は思っているのですが ・・・?」
そう念を押されてしまった。
「 そうだな。」 と捲簾は同意した。
「 熱を出さなかったとしても、あそこまで優秀なのは他に居らんだろう。・・・
だけどさ ・・・ 何で何時も熱を出してんの?」
「 それは分かりません。きっと微妙に我々と違ったものを持って生まれて
来られたのでしょう。美しく賢く ・・・ そして少しひ弱くていらっしゃる ・・・
そういうことです。」
「 見事な理解だな。」
捲簾は本気でそう思った。
単純で明快で、核心を突いている。
「 俺もそう思うしかないってことか。」





数日後、天蓬は 「 釈放 」 されて出て来たが、何時もとは少し様子が違っ
ていた。
充分な手当てを受け、怪我を癒されて釈放されるいつもとは違い、今回は
営倉に叩き付けられた時の傷跡が治りきらずに首筋と腕に残り、熱も完全
には引いていない。
それでもあの慎重な敖潤が天蓬を保護ケースから出したのは、西方軍が
深刻な事態に直面していたためであった。
西方軍にこれまでになく難儀な討伐命令が下っていた。
しかも、それは他の二軍が過去に手を付けていて、制しきれずに止むを
得ず放置していたという、曰く因縁付きの仕事であった。
相手はそれなりに一国を築き上げている妖怪で、独自の軍隊まで持って
いるという。
その動きが再び不穏で目を瞑っていられなくなった天界が、三たびの討伐
を決定したものだった。
組織化された妖怪王国との戦闘になることは必至で、とても参謀を欠いて
どうにかなりそうには見えなかった。
第一ここで天蓬を外して事を進め被害でも出そうものなら、一番傷付いて
苦しむのが天蓬本人と分かっているだけに敖潤としては命令を告げて、
天蓬を任務に着けるより他に方策が無い。
不安はあったが、天蓬を欠いたまま過去の二軍の轍を踏んで玉砕という
最悪の結末を迎え、結果的に天蓬に再起不能の打撃を与える訳にも行か
ず、とうとう敖潤は天蓬の保釈を決め、命令を下した。
参戦を命じた後、敖潤は最後に西方軍責任者としての厳しい命令調の
まま、天蓬を睨み付けるようにして付け加えた。
「 今回に限って前線への参加は許さん。お前は作戦を立て指令を下す
だけだ。了解か?」
天蓬は驚いて抗議しようとしたが、状況を考えて諦めざるを得なかった。
多分作戦から外されなかっただけでも御の字なのだろう。
それ以上のことは必要有らば命令違反でゆくとするか、心の中でそう考え
た時、見透かしたように敖潤の一言がぶつけられた。
「 命令違反で切り抜けようとは考えるな。今度やったら容赦はもう無い。
お前は追放だ。天蓬元帥。」

消え残った首の傷跡を隠して最初から詰襟の軍服を着、それに合わせて
髪もひっ詰めて現れた天蓬の美しさに、大会議室に全員集合の命令で
集められた兵士達は息を呑んだが、色白なだけに目元に残る赤みが隠し
切れていないのにも、嫌でも目がいってしまう。
特にある程度事情を知っている士官達は緊張を強いられたようだ。
とはいえ、おおっぴらに 「 大丈夫ですか。」 と問うことも出来ず、各々が
目一杯働いて任務を全うし、元帥に負担を掛けぬことを誓うしかない。
ざわめきが治まるのを待って、着席を指示した天蓬は作戦の説明を始めた。
声は普段通りであり、特に弱々しいところは無い。
軍人にしては小さく、それでも澄んで良く通る綺麗な声。
しかし、その綺麗な声で披露された作戦はかなり困難なものであり、今回
ばかりはこれまでのように犠牲者無しで ・・・ という訳にも行かなさそうだ。
「 今回、作戦が多方面に亘るので、ボクは参謀に徹しますが ・・・ 。」 と
最後に天蓬が言った。
「 作戦が首尾良く行かなかった場合、ボクも前線に参加します。ただ、それ
は厳重に禁止されている行為ですので、その場合この戦闘がボクの最後
の戦いになります。」
会場にどよめきがあった。
「 元帥それは ・・・。」
「 そういうことであれば、そんな約束はなさらない方が ・・・ 。」
という声が上がったが、それを受けた天蓬は静かに答えた。
「 皆さんも命を掛けるのですから、上官であるボクが命と職を掛けても
良いでしょう。」
今度の作戦では各々が自分の任務を死んでも果たすしかない。
退 (ひ) けない。
そんな雰囲気が場に広がった。
「 伝達はこれでお終いです。ボクは作戦の見直しがあるので先に下がら
せて貰いますが、将官以上の皆さんは夜もう一度集まって下さい。
もう少し伝えたいことも有りますので。」
天蓬は会議室を出て行った。

「 入るぞ、天蓬。」
答えを待たずに飛び込んで来たのは勿論捲簾である。
ソファに凭れて、煙草を吹かしながら計画書の点検をしていた天蓬は顔を
上げて捲簾を見上げ、「 どうでした?」 と訊いた。
「 良かったんじゃないのか?もの凄く盛り上がっているし。今回は誰もが
3人分の働きをしたいって顔していた。」
「 我々に出来ると思いますか?」 ともう一度尋ねる。
「 出来ねぇ仕事に部下を送り出すようなお前ではないだろう。出来ないの
ならその首は仕事を請けない方に掛けるんだろうよ、お前って奴は。」
捲簾が大真面目に答えるのが可笑しくて天蓬がくすりと笑う。
「 御明察。」
呆れたように眺めていた捲簾だったが、ふと思い付いて、
「 お前、もし本当に軍を放り出されたらどうする気だ?」 と訊いてみた。
「 御心配には及びません。ボクは引く手数多ですから。」
「 軍以外にか?」
「 上級神の中に、ボクに来て学問の指導などをお願いしたいという申し出
をしている方が沢山いらっしゃるんです。」
「 学問の指導って ・・・ 。」
「 囲われてみないか、という意味ですよ。勿論。」
捲簾は目を剥いた。
「 まぁ、そんな悲惨な目に遭う前に、敖潤閣下が引き取って下さるでしょう。
ボクは敖潤閣下の所に行くことになると思います。」
「 本気で言っているのか?」
「 他にどうしろと?」
「 どうするって、そりゃ ・・・。」 言い掛けて捲簾は止めた。
「 分かった。お前を戦場に引き摺り出さなきゃ良い訳だろう。そうして見せ
るさ、必ずな。」
しかし、天蓬はもう少し違うことを考えていたようだった。
「 ねぇ、捲簾 ・・・ 今度の作戦ですが、ボクはどうしても気に入らないん
です。今度こそ、絶対無傷とは行かない。誰の目にもそう見えます。特に
下っ端の兵士に犠牲を強いることになるでしょう。」
「 仕方なかろう?下っ端の者にはその危険を冒すことが唯一の出世の
方策で、それを乗り越えた者が所謂叩き上げの軍人になるんだ。」
「 ええ ・・・。その通りです。」
天蓬もそう答えたが到底納得しているといった様子ではなかった。
「 実は、もう一案有るんですよ。」
「 何だかなぁ ・・・。」 と捲簾は呻いた。
「 言うと思った。お前が大人しく軍の何割かが死傷すると分かっている戦
を幕僚で見送る訳が無いと、嫌な予感がしていたんだ。」
天蓬はにっこりと微笑んだ。
髪が括られている分、普段より顔が多く露出されて、何時にも増して妖艶
なその微笑みに捲簾は顔を顰めたが、既に捕らえられているとも感じて
いる。
天蓬が計画書を広げた。

「 お前 ・・・ 一人で乗り込む気なのか。」
「 ええ、ですから、説明したでしょう?この地下通路は我々も予備調査で
偶然に見付けたものなんです。彼らがあそこに巣食う以前に作られたもの
で、恐らく彼らも知らないでしょう。
王国としてここ数百年存在したというなら、彼らの間には身分関係もしっ
かり出来ている筈。予備調査でも頭目の権威に惹かれて成り立っている
王国だと報告されています。つまり、この頭目を捕獲してしまえば良いと
いうことです。」
「 セカンド、サードはどうする。」
「 頭目を手中に収めれば、内心してやったりと思ってはいても暫くは以前
の頭目に忠義である振りなりともしなければならないでしょう。その混乱を
突いて貴方が先程の作戦を実行します。成功の確率は上がり、味方の
被害は抑えられるはず ・・・。」
「 そうかも知れんが ・・・。」
「 もし、ボクがしくじったとしても、内部まで敵に侵入されたとなれば、相手
も焦るでしょうし、やはりこちらの損にはならないでしょう。」
捲簾は天蓬の顔を覗き込んだ。
何を考え付くんだこの男は。
首尾良く行かなければ、自分が失職と引き換えに参戦すると言っておきな
がら、実際には一等最初から命令違反を犯す気でいる。
先程自分で失職すればどうなるかを語った癖に ・・・ だ。
「 実行すればお前は追放なんだろう?」
「 ああ ・・・ あれは、統括本部からの正式な命令でも何でもありません。
敖潤閣下が決められたことです。」
「 敖潤は許すと踏んでいるのか?」
「 いいえ。閣下は厳しい方ですから、仰った通りにされるでしょう。」
「 だのに ・・・ ?」
「 ま、何とかなるでしょう。その命令自体が体調の整っていないボクを戦場
から引き離すために下されたものなのですから、破ったところでそれ以上
悪くもならないでしょう。」
自分がどうなるか分かって言っているのだろうか、と捲簾は訝った。
それとも、自分がどうなっても犠牲を出したくないのだろうか?
恐らくそうなのだろう。
溜息を吐いている捲簾に、「 で、貴方はどうなんです?」 と天蓬。
「 この間、指令は途絶えますが、貴方が指令を受け取り続けている振り
をして兵士達を安心させながら率いてやって欲しいと言っているのですが。」
「 それは大丈夫だろう。しかし天蓬 ・・・。」 捲簾が真っ直ぐに目を見て言う。
「 俺には、今直ぐ敖潤にチクってやった方がお前のためという気がする。」
「 してみれば?」 と天蓬は笑って答えた。
「 ボクが敖潤閣下のお世話になって暮らすようになったら、海の幸くらい
は送りますよ。毎年ね。」
捲簾はどうにも扱い切れない上官兼副官にただ顔を曇らせていたが、やが
て天蓬に身体の具合を尋ねた。
「 八割って所です。」
「 本人申告でそれか。 ・・・ ということは五割だな。」
何で割り引いて聞くんだという顔で睨み付ける天蓬をものともせず、捲簾
は続けた。
「 俺の方は先程ので良い。事前に説明も受けているし、まぁ何とかやれる
だろう。だが、お前の方は、一人という点が不承知だ。一小隊連れてゆけ。」
「 それは ・・・。無謀な作戦ですし、人に強いることでは ・・・。」
「 だったらお前もやるな。」
「 そんな・・・。」 と天蓬は言ったが、捲簾の表情が険しいのを見て、
「 でも、どの小隊を ・・・。」 と取敢えず訊いてみることにした。
「 永繕の小隊を連れてゆけ。それだったら、俺もお前の作戦に乗る。」
天蓬の子飼いの永繕を連れてゆけば、成功率は格段に上がる。
しかし、そうして良いほど捲簾の方に余裕が有るとは思えなかった。
人数は多くとも、永繕の隊に比べればやはり見劣りがする者達であった。
迷っていると、捲簾が 「 それが譲れない絶対条件だ。」 と宣言してしまい、
天蓬は結局そこで妥協した。





地下通路には充分な高さが無かったため、天蓬と永繕の小隊は背を屈め
た苦しい行軍を強いられることとなった。
真っ直ぐに立って歩くことが出来ない。
しかし、これが天蓬が自ら計画し決行に踏み切った作戦であった。
夜明け前の捲簾の突入を内部を切り崩して待っていてやりたいと、天蓬は
完全では無い体調を押して先を目指した。
こういう時の天蓬は、精神力だけに突き動かされているような所があって、
表情が引き締まり、動作は寧ろ機敏である。
それがこれまで下級兵士達に不調を隠し遂せてきた理由でもあったろう。
永繕は天蓬を支えてやりたかったが、部下の手前その考えは断念した。
代わりに時々水筒を差し出し、水を補給させながら進んで行く。
何時間かそういう苦行が続いたが、それは確かに報われた。
通路は敵の根城の屋内にまで入り込んでいた。
しかも、辿り着いた先に換気口があり、そこを伝って、敵の居住区の裏側
を進んで行くことが出来た。
所々に取り付けられた網目状の換気口から敵の様子が窺えるのも好都合
だった。
明るさの加減で向こうからはこちらが見えない。
「 ついていますね。」
幾つ目かの換気口から部屋の中を窺った天蓬が小声で言った。
「 ここが頭目の部屋のようです。」
天蓬が中を観察する。
捲簾が外から仕掛けているため、既に戦闘態勢であるにも関わらず、そこ
はのんびりしており、恰幅の良い男が中央に設えられた椅子に座って酒を
飲んでいる。
「 思った通りです。一つの支配が長く続いて自信過剰に陥っているので
しょう。」
そう言った後、更に中を観察していると、頭目らしい男に侍っている従者が
やけに大きな宝石の着いたイヤリングを着けているのに気が付いた。
おや、と視線を手に移し、目を凝らすと、無骨な手ながら爪が念入りに手入
れされ、他の男達のそれのように汚れてもいなかった。
おまけに、酒を配る者がその従者にも頻繁に酒を注いでおり、杯を空に
しようとはしない。
「 ふうん?」 と天蓬は鼻を鳴らした。
「 飛び込みましょう。全員中央にいる頭目に襲い掛かりなさい。ボクは違う
者を追いますが、気にしなくて良いから。」
天蓬は愛用の長剣を握り締めた。

天蓬が指差したのを合図に、力自慢の者が換気口の網を蹴破り、全員が
一斉に乱入して、頭目らしい男を目指した。
敵の方も酒席から一転戦闘になった割には対応は素早かった。
元々その場に居たのは殆ど戦闘要員であったのだろう、頭目を守ろうと、
一斉に中央に集まって来る。
その流れに逆らうように外側に向いて動いた男がいた。
先程天蓬が目を付けていた従者である。
天蓬はその男が仲間から離れて廊下に出るまで黙って跡をつけ、充分と
感じたところで呼び止めた。
「 どちらへ行かれるんです?陛下。」
男はびくりと身体を引き攣らせたが、振り向いて天蓬を認めると、一時でも
驚いたことすら無駄だったと言わんばかりに安堵の表情を見せ、笑った。
「 良く気が付いたと褒めてやりたいが、それがお前のような奴だとはな。」
念の為に入れ替わっていたということであったのだろう。本物の頭目も腕
に覚えが有りそうで、余裕を見せ付けていた。
頭目は尚も笑いながら、ゆっくり剣を引き抜こうとした。
対峙している天蓬の容姿と、鞘に納まった長剣を悠長に持っていることに
すっかり油断している。
しかし、天蓬は待たなかった。
誰もがまさかとまで言う己の俊敏性を生かし、いきなり頭目に飛び掛ると、
その動作の途中に鞘から引き抜いた長剣で相手に斬り掛かり、頭目が剣
を振り上げることも叶わぬ間に一気に仕留めてしまった。
「 相変わらず大胆ですね。」
何時の間にか後ろに来て、控える形を取っていた永繕が笑い掛け、封印
を手伝ってくれる。
「 速いだけです。待っていたら奴らがこちらを護りに来て、話がややこしく
なりますからね。・・・ 封印はこれでいいとして ・・・ あちらを手伝いに行き
ましょう。」
天蓬は永繕と部屋の中央に戻った。
「 あなた方の頭目は捕らえました。」
天蓬が呼び掛けると、その場に居た者が出口近くに捕らわれている頭目
の姿を確認し、状況が分かると何人かが逃げて行こうとした。
追い掛けようとする部下を天蓬が止める。
「 行かせてやりなさい。彼らがこの根城全体に混乱を広めてくれます。」
何処か外側でざわめく声が聞こえ、それが一段と大きくなった。
夜明けを迎えて、捲簾達の戦闘が本格的になったのだろう。
「 我々は、ここを片付けておきましょう。」
抜き身を構え直しながら天蓬が言った。





内側から敵の根城を崩壊させた天蓬達と外から攻め込んで来た捲簾は
その後無事に合流し、西方軍は万々歳の勝利を治めた。
しかし、部下達 ・・・ 特に事情の分かっている士官達は今更ながらに大き
な不安を抱え込んでいる。
やがてその不安は、天界に帰還を遂げた瞬間に現実となった。
「 最初の最初から全面的に命令無視とはな。まさかそこまでやるとは思わ
なかったぞ、天蓬!」
普段冷静な敖潤が天蓬を自室に呼ぶこともしないで、帰還早々に皆の前
で怒鳴り付けた。
雷薄に見せ付けた時のように手を掛けるということは無かったが、それでも
敖潤の怒りが頂点に達していることは声の調子だけでも充分窺い知れた。
激しい怒りに顔も上気して赤らんでいる。
しかし、何時も聞かされている天蓬お得意の 「 お赦しを ・・・。」 の台詞は
無かった。
許される限界はとっくに超したと自覚していた。
負傷者は出したものの、戦死者ゼロという奇跡の戦勝を上げて戻った割
には、天蓬の行く末を案じて気が気でなく、今一つ戦勝気分にもなれて
いなかった部下達が何とか取り成せないものかと割って入る。
「 ですが閣下、天蓬元帥は部下を見殺しにすることがどうしてもお出来に
ならない方なのです。それは我々も閣下も承知していたことではありませ
んか。」
天蓬が部下の前に手を翳して、それを制止した。
「 貴方がたまで逆らわないで下さい。ボクにしても、そういう見本を見せた
つもりはありません。」
「 ですが ・・・。」
天蓬はゆっくりと頭を振った。
「 敖潤閣下は公平で間違ったことをなさらない上官です。貴方がたは閣下
に信頼を置いて、命令には従ってやってゆくんですよ。」
「 ゆくんですよ ・・・ とは?」
「 これが最後の戦いだと言ったでしょう?これでお別れです。」
言い終えると敖潤の方に向き直って、
「 軍服は後で届けに参ります。」
そう言い残し、天蓬は自室に戻ってしまった。
敖潤も流石にこの事態には言葉を失って、ただ天蓬を見送った。

暫くして、ノックの音があり、敖潤が顔を上げると、ドアを開けて天蓬が入っ
て来た。
私服に着替え、手には畳まれた軍服を持っている。
私服は何時ものだらしない白衣姿ではなく、以前に自分が与えたもので
あった。
海辺の街に連れてゆくために与えた青の衣服が、細い身体を余計に細く
見せていた。
しかし、きちんと髪を結わえていることもあって、良く似合ってはいる。
「 軍服をお返しします。本当に申し訳ありませんでした。」
天蓬は詫びを入れ、それでも難しい顔をしている敖潤を真っ直ぐに見詰め
て問い掛けた。
「 それから伺いたいのですが、以前のお言葉はまだ有効でしょうか?」
「 有効って何が?」
「 何時でも受け入れると ・・・。」
「 捲簾とは別れることになるが、良いのだな?」 敖潤は念を押した。
「 そのつもりです。」
「 覚悟を決めてきたという訳か。」
敖潤は立ち上がり天蓬の傍に立つと、天蓬を引き寄せた。
「 お前は自分から私のものになりたいと望むのか?軍を辞めても自由に
暮らすことも出来るんだぞ?」
「 行くところなど有りません。閣下のところ以外には。」
敖潤が天蓬を抱きしめ口付けする。天蓬は静かにそれを受け入れた。
唇を離して顔を見ると静もった穏やかな表情をしている。
体調の悪い中、最後に手柄を立て、何よりも部下を失わずに済んだこと
に満足しているという表情であるらしかった。
「 思い残すことは無いということか。」
「 はい。」
「 そうか。分かった。では明日出発しよう。行き先はいつかの別荘だがそれ
で良いか?この先長くそこに暮らすことになるが。」
「 あそこは好きです。綺麗な東屋があって ・・・。それとも自分には東屋を
利用することが出来るのでしょうか?」
「 何故、そんなことを?」 と敖潤が尋ねたが、天蓬はただ 「 いえ。」 としか
言わなかった。
敖潤は少々苦い顔をしたが、それでも自分の私室で待っているようにと
言ってくれた。

天蓬が軍服を置いて出て行くのを見送ると、敖潤は身体を震わせてソファ
に沈み込んだ。
夢のような話だと思った。
先程の口付けの余韻も未だ冷め遣らない。
それに、抱いた身体の柔らかさ ・・・ とても男のそれとは思えなかった。
どちらも経験が無い訳では無かったが、それこそ捲簾曰く 「 兄弟のよう
な 」 ものであった敖潤には初体験も同然である。
あれが本当に手に入れば男としては最高だろうと考えた。
しかし ・・・。
本気でそう出来るかどうかには横たわる難題が多過ぎる。
今回、天蓬は過去二軍が不首尾に終わって上層部でも諦め掛かっていた
討伐を自軍の損傷無しでこなしている。
その褒美が失職では通るまいと思う。
それだけなら嫌われようが蔑まれようが強引に押し通すことも出来なくは
なかったが、更に天蓬の気持ちの問題もあった。
東屋を自由に使えるのかと疑問を持っていた天蓬の態度が気になった。
やはりこの状況では、自身の失態で罰を食らってそういう立場に落とされ
たという気分が拭えぬか ・・・。
一方で、天蓬が軍籍を失えば頼るものが無く、簡単に自分の元に帰って
来るものだとも、今日初めて知った。
まさかと思っていたが、捲簾とは軍人同士でないと付合いが出来ない様子
だった。
自分も誇りを持てる立場に居てこその付合いだったのだろう。
弱った姿を見せられ、誰か一人を頼るとなれば自分なのか、と改めて納得
出来た。
そうであれば今回は許してやって、もう暫く天蓬の好きな軍籍に置いておい
てやりたいと敖潤は考えていた。
何より才能があるし、本人も生き生きしている。
先程見せた気弱りした姿よりも余程良い。
しかし、それにしても天蓬は自分との約束を部下にまで教えてしまっても
いる。
そうだ、あれは今回そのことを作戦に利用しさえした。
自分では最初から戦闘に参加する作戦を立て、大半の部下に劣勢になれ
ば参戦し、その時が職務の終わりだと告げていた。
その言葉に脅された部下達が超人的に強くなったからこそ手にした奇跡
の完全勝利であったろう。
どうしてそんなことをした、天蓬?
この始末はどう着ける?許したくとも許せもしないではないか。
それとも、同じ軍人でありながら自分が捲簾の餌のように扱われたのが情け
無くて軍籍を捨てる気になったのかも知れない、とも思い当たる。
そう言えばあの時、体力のことは諦めろと強く嗜めてしまった。
だから、許しを欲しがらないのか?最初から許しを拒んでいたのか?
その件があったから、お前は部下の命と軍籍を引き換えられたのか?
敖潤は自分に押し付けられた難題に頭を抱え込んでいた。

敖潤が私室に戻ってみると、天蓬は自分のベットでおかしな寝方をして
いた。
服を着たままで身体だけをベットの端に横たえ、足はベットの外側に出し
て横向きに眠っている。
遠慮して途中までベットに腰掛けて自分を待っていて、疲れからそのまま
身体を横たえて寝込んでしまったのだろう。
足を持ってベットに乗せ、身体を仰向けさせて、もう少し真ん中に押しやり
枕を宛がってやると、身体が楽になったのだろう、眠ったまま、ふう、と息を
吐いた。
眼鏡を外してサイドテーブルに置き、着ているものを脱がせたが、目を覚ま
さない。
帰還したその日でもあり、疲れているのだろうと思いながら、暫く寝顔を眺め
ていた。
天蓬は満足そうにしていた。
前回、捲簾に殴られていたのを見付けて連れて帰った時とは違って、今度
の天蓬は全てを納得ずくでやったのだろう。
その点で彼は満足し、安心して眠っているようだった。
「 部下を救えばそれだけで良かったのか?」
敖潤はじれったそうに呟いた。
「 お前自身の望みは無いのか?」
何時の間にこんなに人を庇うようになったのだろうと訝った。
長い間、人に傷付けられては苦しんでいた天蓬が、何時の間にか人を
庇ってばかりするようになった。
恐らくは、傷付けられ続けるうちにその痛みを誰にも与えたくないと願う
ようになったのだろうが、追い詰められたものにしては珍しい居直り方だ。
結局のところ、天蓬は他人にどう見せていようと、元々が慈悲深い性格
だったのだろう。
「 自分が傷付けられ過ぎて、誰も傷付けられなくなったのかも知れんな。」
敖潤は天蓬に毛布を掛けてやると、隣室に退いてソファで眠ることにした。
ソファに横たわって暫く考えてみるが何も思い付かず、かといって眠る
ことも出来ない。
敖潤は諦めて起き上がり、最も取りたくなかった方法を取ることにした。





「 やはり、起きていたか。」
捲簾が突然私室を訪ねて来た敖潤に驚いていると、敖潤は入って来て
椅子を指し、座ってよいかと聞いてきた。
御自由にと言うと、椅子に腰を下ろし、困ったような顔をしてただ座って
いる。
「 何の用なんだ?」
捲簾が訊いた。
「 貴様もそれで良いのか?」
前置きも説明も一切省略して敖潤が尋ねる。
訊く方も訊く方だが、答える方も随分だ。答えられるのが不思議である。
「 あいつが決めた。軍人を辞めるって。」
捲簾は言いながらコーヒーを入れ始めた。
「 営倉を出た時から決心していたみたいだな、それについては。
あの馬鹿、自分が軍人に向いて居ないと思い込んだんだ。あれが向いて
なきゃ、誰に向いてるって言うんだ?天性の軍人じゃねえか。・・・ それが
証拠に辞めると決めても他に何も思い付かなくて、そんであんたを頼り
やがった。」
「 それは元からの約束だ。最後には必ず私の所に来ると約束させて、今
の仕事に就けた経緯がある。」
コーヒーにトポトポと熱湯を注ぐ。
「 何にしても今ってのは無いだろうよ。絶頂期だと思うぞ俺は。それとも
年齢的にもまだもう暫くは伸び続けるか。」
「 ああ ・・・。まだ若いからな。でも、そう思うんなら何故止めなかった。」
「 その暇が無かった。今度の作戦は厳しくて、皆が目一杯力を振り絞ら
された。で、作戦終了後、天蓬が疲れたから先に還りたいと言い出して、
俺は後始末を引き受けた。・・・ 戻ってみたら、こんなことになっていた。」
「 ま、本来が軍師だからな。策略はお手の物だろう。」
入ったコーヒーを一つ敖潤に手渡す。
「 あいつが体力的に軍人に向かないと教えたのは、あんただろう?」
「 その時には、貴様が天蓬を餌に引き込まれたと知らなかった。
天蓬は最初から気付いていて気にしていたらしい。そこへ私が引導を渡し
てしまったんだろうよ。」
捲簾もコーヒーを持ち、向かいの席に着いたが、一口啜ると溜息を吐いて
敖潤を見た。
「 で、あんたにしてみれば万々歳なんじゃなかったのか?今頃喜んで天蓬
を抱いているのかと思ったが。」
「 あれで良い訳は無いだろう?幾ら手に入れたいと願っていたとは言え、
あんな状態では ・・・。」
「 あんな状態って?少なくとも天蓬はあんたを嫌っちゃいない。今は俺に
義理立てしているが、あんたとでも良かったような口振りだったぞ、いつも。」
「 今まではそうだった。しかし今の天蓬がどうだかは分からん。私が惨い
言い方をしてしまったので、罰を食らってそうならなければならんと思い詰
めているようにも見える。」
「 どう違うってんだ?」
「 他に選択肢が有るのと無いのと ・・・ かな。私が命令違反をしたら追放
すると言ったのを丸々真に受けて、自分でそれを選んでしまったと思い
詰めているようだ。」
捲簾はコーヒーの続きを飲みながら少し考えていた。
「 そう言えば、天蓬は良く言っていたっけ。敖潤閣下は生真面目で正しい
方だから、虚仮にしてはいけないと。誰にでも皮肉った物の言い方をする
奴だから、それも建前で本音はあんたを利用して好きに振舞っているの
かと思っていたが、あんたに関しては何時もおふざけ無しだったっけ、
あいつは。」
「 らしいな。虚仮にする気は無かった ・・・。本当にその通りだった。
規則違反は多かったが、私に対しては嘘は言っていなかったんだ。
本気で慕ってくれていた。それなのに ・・・。」
その後、自分もコーヒーを啜って暫く無言でいた敖潤だったが、やがて訊
きたくてここに来たことを訊く決心がついた様子である。
「 大体貴様、何故貴様の立場でこの状況の天蓬を放っておけるんだ?」
捲簾は思わずコーヒーを戻しそうになった。
「 何を勝手なことを言ってやがる。そんな訳は無いだろう。 ・・・ 実際の所、
あんたが来ていなければ、俺が行っていたさ。」
「 そうなのか?余り落ち着いているから ・・・。」
「 相手があんただから、急がなかっただけだ。」
「 私だったら何もしないと?」
「 いや、するかも知れんと思ってたさ。さっきも言ったろう?今頃抱いて
いるかと思っていたと。だが、あんたなら惨い真似はしないと思った。
筋が通れば天蓬の復職も可能かと。 ・・・ まぁ、俺が天蓬に聞かされて
来たあんたのイメージはそんなようなもんだったし。」
「 そうか。」
「 あいつは俺の前で俺の悪口を言うことがあっても、あんたを絶対に貶さ
なかったからな。慕うってのはこういうことなのかと思い知ったよ。だから
踏み込めなかったんだが。」
「 うん?」
「 あんたを張り倒してあの追放の約束を取り消させることが出来たら、俺
が追放されても良いとまで思ったが ・・・。天蓬のあの慕い方を知っている
だけにどうにもならなかった。あいつはあんたに恥を掻かせて許す奴じゃ
ない。」
敖潤は帰還の際に庇おうとした部下を止めた天蓬を思い出した。
捲簾の言う通りなのだろうと思う。
しかし、自分は命令違反をすれば追放と宣言し、天蓬は破った。
この先、どうすれば良い?
そうするうちに、自分以外に人が人を訪問する時間帯でもない真夜中に
ドアをノックする音がした。

ノックの音は直ぐに焦れて激しくなった。
「 何事なんだ。」
捲簾が出て行くと、ドアの外には西方軍の主だった士官全員の姿があった。
「 一体 ・・・。」
「 大将、このままではあんまりです。天蓬元帥直々の御命令とはいえ、
とても従えるものではありません。命令違反があろうとなかろうと、あの方
が我が軍には必要なのです。」
一気に巻くし立ててから中に居る敖潤に気が付いた。
「 まさか ・・・。こんな所に?」
「 こんな所で悪かったな。敖潤閣下がこの貧しい部屋に御降臨だ。文句
があんのか?」
「 もしかして、貴方様が先に交渉をして下さっていたのですか?」
「 まぁ ・・・ そんなところだ。」
しかし、別の士官が捲簾に訴える。
「 ですが、天蓬元帥は既にここを引き払われたようです。いらっしゃらない
のです。」
「 行き先は分かっているから心配は要らない。」
捲簾が宥めて言った。
「 本当に?御無事なのですか?」
「 ああ。無事でいる。 ・・・ だから、もう少し待っていてくれ。食堂で良い
から。」
「 はぁ ・・・。」
「 何とかするから。」
捲簾は再び士官達を宥め、ドアを無理矢理閉めてしまった。
「 大した人気だ。」
改めて気付いたように敖潤が言う。
「 ああ。部下思いだったからな。」
捲簾は思い出しながら、そう答えた。

朝の光が入って天蓬が目を覚ました。
服を脱がされ毛布を掛けられて眠っていたのに気付いて驚いたが、敖潤
がいる気配が無く、寝たような形跡も無かった。
起き上がって、畳まれてあった服を着てみる。
敖潤は昨夜何処で寝たのだろうと訝ったが、帰って来た時のために何か
作って待っていたいと思った。
台所に立ってみたが、何をどうしていいのだかさっぱり分からない。
改めて自分が茶すら入れられないことに気が付いた。
誰かに教わって覚えるしかないな、と思ったら捲簾の顔が思い浮かぶ。
「 それはもうないでしょう。」
何時も自分の世話を見てくれていた。
食事の世話から風呂の用意まで ・・・。
何も出来ない自分を丸ごと受け容れてくれた人。
もう一度会いたいと思ったが、最後に自分の方から裏切って、自分が軍
から離れる手伝いまでさせてしまっていた。
あんな気の良い男をよくもそこまで裏切れたものだと、我が振舞いながら
呆れ返ったが、今となってはその方が良かったと感じていた。
これでお互い吹っ切れやすいだろう。
ぼんやりと考え事をしていると、表の方でドアの開く音がした。
慌てて出て行くと、既に人の姿は無く、入って直ぐのテーブルに朝食が
載せられている。
付いていたメモには食事を済ませておくようにと書かれていた。
不審に思って外を確かめようとドアを開けかけたが、ドアは外から施錠
されていて開かなかった。
天蓬は閉じ込められていることに気が付いた。
訳が分からない。
敖潤は自分が逃げると疑っているのだろうかと考えてみたが、逃げようと
するものを追い掛ける敖潤でもなく、何も思い浮かばなかった。

「 あんなんで大丈夫なのか?」
捲簾が疑わしそうに訊いた。
普段反目し合っている敖潤と2人、敖潤の執務室で大量の書類を抱え込み
ながらであった。
「 あいつ、茶も入れられないぞ?」
「 頭は良いんだ、何とかなる。朝食に添えておいた飲み物以外の補給は
水道からでも出来る。」
「 放っとけば蛇口もひねろうとしないんで、心配しているんだが。」
「 全く、今まで生きていたのが奇跡だな。」
「 俺の来る前はどうしていたんだろう?」
「 今のように決まった奴というのでなく、その時居合わせた部下がそれなり
にやっていたようだ。あれに心酔する者は多かったし、常に誰かが面倒を
見ていて、不自由してはいなかったと思う。」
「 最悪な奴だ。」
捲簾が唸った。
「 いいから、そっちの書類にサインしろ。時期を逸するとその最悪な奴が
貴様たちの所に戻って来れなくなる。」
そこで捲簾が動きを止め、敖潤を覗き込んだ。
「 もう一度確認するが、あんた本当にこれでいいんだな?」
「 ああ。私もあんなになった天蓬を望んではいない。多少 ・・・ いや、大幅
に脱線していても何時ものあれでいて欲しい。身を投げて来るにしても、もう
少し正常な状態でそうして欲しいと思う。」
そう言いながら、敖潤は脇のコップを取り、飲み物を一口飲んだ。
ふうと、大きく溜息を吐く。
「 情け無い話だが、今はまだ貴様のことを思っているのだろう。帰って来る
なら気持ちも一緒に持ち帰って欲しいからな。」
「 そうか ・・・。」
「 どうせその書類は、元々貴様用だし。」
「 はぁ?俺の?」
「 貴様が東方軍から戻らなかった時の為に集めていたものだ。天蓬に
請け負った手前、何としても貴様を無事に取り戻すしかなかったからな。」
「 それで、証言までがここまで手回し良く集まってやがったのか。」
道理で ・・・ と捲簾はやっと納得した。
それは雷薄が天蓬を餌に捲簾を東方軍に誘き出し、喧嘩に引き込み、更に
その責任を問うて捲簾を懲罰房に収監したのみならず、途中故意に天蓬
を巻き込もうとしたという経緯を綴った上申書。
それに、天蓬の難儀を餌に捲簾を連れ出していた件の、利害関係の無い
第三者の証言記録。
天蓬と雷薄の遣り取りの同じく第三者による証言記録 ・・・ 等々であった。
いずれもそれだけでは大した意味を持たないが、これらは参照書類に
なる予定である。
メインは天蓬の退官願いと、西方軍全員の退官阻止の嘆願書であった。
それを、統括本部に突き付けてやろうという訳だ。
それも、これまで多くの戦死者を出しながら誰も為し得なかった 「 奇跡の
勝利 」 をやってのけた直後に。
雷薄を失脚させてしまえば、天蓬も自分から軍籍を捨てたいとは思うまい
と二人は踏んでいた。
天蓬は部下を救いたくて奇策を採ったには違い無かったが、その件が無け
れば自らの命令違反と失職をその奇策には使わなかったろう。
天蓬本人に戻る気が有るなら敖潤が許すことは出来る。
それが、敖潤と捲簾が導き出した結論であった。
「 これでいいんじゃないのか?」
「 うむ ・・・。」
「 じゃぁ、俺は食堂へ行って嘆願書を集めてくる。」
捲簾が立ち上がった。
「 本当に西方軍全員のが揃ったりするのか?」
敖潤はまだ疑わしそうにしている。
昨夜の内に兵士達には、天蓬の去った実際の理由が敖潤の命令ではない
ことを伝えてあった。
更に捲簾は、自分の不始末から天蓬に自分が餌にされたと感じさせてしまっ
た経緯を打ち明け、彼らに協力を求めて了解を得ていた。
「 ああ、あいつならそうなる。・・・ あんたこそ、天蓬に正式に退官届けなど
書かせられるのか?」
「 簡単だろう。あれはもうその気でいるし。」
「 いや、あんたがさ、辛いんじゃないかと ・・・。」
「 やるさ。結局はあれのためだ。」
「 なら、いい。じゃぁ行ってくる。」
「 うん。」
捲簾を見送った後、敖潤も立ち上がった。
私室に居る天蓬に会わなくてはならない。

「 天蓬 ・・・。」
やっと戻って来た敖潤を見て天蓬は微笑みを浮かべた。
朝から姿も見せなかった敖潤が心変わりしたのではないかと案じていた
ところだった。
「 天蓬、事情が変わってな。お前は正式に退官届けを出さなくてはなら
なくなった。今からそれを書くんだ。」
確かに余り嬉しい作業ではなかったのだろうが、諦めを着けていた天蓬は
簡単に承諾した。
余程軍籍に未練が無かったのだろう、紙と筆記具を与えると天蓬は直ぐに
敖潤宛の退官届けを書き始めた。
「 日付は昨日にしておけ。」 と敖潤は命じ、天蓬はそれに従った。
「 理由は一身上の都合で良い。」
「 はい。」
書き終えた届けを受け取ると、敖潤は戻るときに持ち込んだ昼食を示して
「 食っておけ。これを出してくるから。そうしたら出掛けよう。」 と告げた。
流石に天蓬が緊張する。
「 心配しなくとも良い。悪いようにはせん。」
そう言うと敖潤はまた出て行き、今度も外から施錠される音がした。
食事などとても喉を通りそうにない。
捨てた身分に未練は無かったが、やはり捲簾にはもう一度会いたかった
と、そう思えた。

「 人数より多いじゃないか。」
敖潤は顔を顰めた。
「 いいんだって、物事は大袈裟な方が。・・・ それに多い分は自然発生的
なもんだし。」
「 自然発生的とは?」
「 食堂で働いたり、掃除してたり、そんな奴。皆に挨拶してくれて嬉しかっ
たから、一枚乗せろと。・・・ で、断わらなかった。」
「 兵士の分の全員はクリアしてるんだろうな?」
「 間違い無く。」
「 では、これで揃った訳だ。」
「 だな。」
「 通ると思うか?」
「 通さなきゃ阿呆だろ?いいからあんたの分、出して来いって。」
「 出して来い ・・・?」
「 提出をお願い致します、敖潤閣下!」
「 信じられない態度の悪さだ。」
敖潤がブツブツ言いながら出て行った。





二つの紅い光を放つ月が追い駆けっこをするように天空に掛かっている。
そのため地上が昼間と全く違った色に照らし出され、景色は幻想的だった。
夜の散歩に表に出た天蓬は、珍しい紅い夜に畏敬の念を抱きつつも美し
さに見惚れていた。
出掛けに散歩を勧めてくれた召使いが、「 何処までも歩いて行かれて良い
んですよ。」 と笑って見せたので、一瞬帰って来るなという意味かと思った
が、召使曰く、「 何処まで行かれようと、ここに戻ります。」 だそうで、空間
の仕組みが人間界とも天界とも違うらしかった。
紅も良いかな、と天蓬は思った。
どうせこの先もここで永遠の時を過ごす。
好きになれなければやってはゆけないだろう。
そうしているうちに、何時の間にか本当に敖潤の東屋に着いていた。
「 なるほど ・・・。」
東屋に設えられたベンチに腰を下ろすと、先程まで人影など無いように
思えたのに女官が現れて、「 冷えてしまいます。」 と肩掛けを被せてくれ、
直ぐに消えた。
敖潤が連れて来てくれた異界はそんな所であった。
前回訪れた時には寝てばかりで、外など殆ど見てはいなかったから、何も
かもが珍しかった。
しかし、何百年も見ていて、なお見飽きぬ景色とは思えない。
敖潤は天蓬を送り届けると、用が有るからと直ぐに引き返してしまっていた。
天蓬に向き合っていた時間よりも召使達に何やら指示していた方が長か
ったくらいの滞在で、天蓬は来て早々に置いてけぼりを食らった形だった
が、先の長さを考えると文句を言う気にもなれなかった。
この先もこんな毎日が延々続くのだろう。
血の臭いから離れるのも良いかも知れないな、とも思う。
自分は余りにも血生臭い生活を送り過ぎてきた。
血抜きには丁度良いかも知れない、そんなことを考えながら天蓬は肩掛け
を外してベンチに横になり、肩掛けの布を上から掛けた。
昨日までの討伐戦の疲れが抜け切っておらず、今日強いられた緊張にも
消耗していた身体はまたしても熱を持ち始めていた。
「 もう、発熱も邪魔にはならない ・・・。」
天蓬は満足してそう思う。
「 最早、誰にも迷惑を掛けずに済むのですから ・・・。」
心地良いまどろみが熱を出した身体を迎え入れた。





天蓬がまどろんでいた頃、天界では、つい昨日偉業を達成したばかりの
西方軍が機能停止状態に陥ったという噂に混乱していた。
西方軍の兵士全員が天蓬元帥を復職させぬ限り動かぬと宣言して、食堂
に集まり、サボタージュを決め込んでいるという。
同時に現場を統率する捲簾大将から、西方軍全員の嘆願書が届けられた
ところをみると、解除の要件は天蓬元帥の呼び戻しであるらしい。
上層部は戸惑った。
戻せと迫られたところで、そもそも首にした覚えが無い。
そこへ、敖潤がやって来て、もの凄い不機嫌で天蓬の退官届けと上申書、
幾つかの証拠書類を叩き付けて行ったのである。
内容を点検してみると、過去に捲簾と軋轢を持った東方軍の大将が天蓬
を攻撃しており、天蓬がそれを嫌って軍を離れて行ったという経緯が判明
した。
上層部の判断は珍しく迅速だった。
尤も、迅速に対応出来なければ暴動が起きそうになって尻に火が点いて
いたのではあるが。
早速東方軍の事件関係者を放逐し、東方軍には今後西方軍と天蓬元帥・
捲簾大将には関わらぬと念書を出させ、東方軍元帥が二人に直接謝罪
するという運びになって、先ず捲簾への謝罪が直ぐに実行された。
周辺事情はこれで片付いた筈だが、肝心の天蓬が既に軍を去ってしまっ
ているという。
一応敖潤が説得して自分の別荘に招いて滞在させ、引き止めてはいると
いうことであったが、では交渉しようとすると敖潤が連絡を取りたがらない。
天蓬が強く退官を望んでいて、接触を拒んでいるというのが敖潤の返答で
あった。
しかも、敖潤までが天蓬が戻らない場合、自分の責務も完了ということで、
軍を離れたいと言い出す始末だった。
このままでは天界の治安もあわやというので、慌てて褒章金の話などを
持ち出してみたが、それにも色好い返事は返されなかった。
「 一体どうしろと言うんだ!」
上層は頭を抱え込んだ。
資料室を引っかき回して古い記録を辿れば、確かに敖潤は天蓬の後見人
として予め西方軍の責任者の任に着き、体制の整ったところで天蓬を東方
軍から引き取っていることが判った。
後押しした人物は伏せてあったが、敖潤が責務の完了を示唆した理由は
これで納得出来、このままでは敖潤も本気で軍を去ると思い知った。
上層部は取敢えず西方軍に雷薄の放逐と東方軍への処置を示し、天蓬
には只今交渉中であると伝えて寄越して、何とか全員サボタージュの解除
をさせ、表面上の落ち着きを取り戻した。
それでも、実際には姿も見せない天蓬に兵士達は苛付き、空気は依然
不穏と報告される状態は続いていた。
その収拾に関しては責任者の敖潤が今回全く手を貸そうとはしない。
要するに、最強西方軍は未だに事実上機能停止のままであった。





目を覚ましてみると、天蓬は東屋から宮殿の中に移されていた。
連れて来られた際、敖潤から与えられた広い部屋。
作りも立派で、取り入れられた調度も美術品の域に達している。
「 ここは永遠にお前のものだ。」
部屋を見せながら敖潤が言っていた。
「 お前が何処でどうしていようとな。」
どういう意味なのだろうと訝ったが、連れて来られて早々に文句を付ける
ようで訊き返すことが憚られ、ただ礼を言った。
その部屋の寝所とされている幾重かの薄絹の内側で天蓬は目覚めた。
起き上がって、扱い方の分からない絹の布から出ようと布をまさぐって
いると、「 ただ起きられれば良いのです。」 と女官の声がした。
「 身体を起こしてお待ちになれば、お世話の者が参ります。」
何時の間にか入って来た女官は、湯を張った桶とタオルを持っていた。
「 お戻り下さい。身体をお拭きします。」
「 何故でしょう?」
天蓬は訊いた。
「 寝れば汗をおかきになられるでしょう。ご面倒であれば、後で入浴なさる
ことにして、お顔なりとも。さっぱり致します。」
面倒で断わってしまおうかと思った天蓬だったが、面倒がって避けた所で
次の仕事というものももう無く、時間はたっぷり有ることに気が付いた。
これから、こういうことに一々付き合って生きて行くのだろう。
慣れなくては ・・・ 小声で呟きながら、寝台に腰掛けた。
「 お願いします ・・・。」
女官が湯で絞った布で身体を拭ってくれた。
女官に薄絹を捲くって貰い、出てみると夕食の用意がされていた。
自分が寝所から出ると、違う側仕えの者が何人か出て来て椅子を引いて
天蓬をテーブルに着け、飲み物を注いで世話を焼いてくれる。
天蓬は酒の用意をしている一人に、自分が何と紹介されているのかを
尋ねてみた。
待遇が良過ぎるのが気掛かりだった。
今こうして世話を焼かれているのが誤解であるのなら、後でそうすべきで
ない人物だったと恨みを買うより、先にばらしておきたいと思う。
「 敖潤様が義兄弟の契りを結ばれた弟君だと伺っておりますが?」 と
側仕えは答えた。
「 この別荘は貴方に差し上げたので、どれだけ滞在されるかは分からない
が、居らっしゃる限り心からお仕えするように ・・・ と。」
「 え ・・・ ?」
ここはお前のものだ、とは部屋を与えるという意味ではなかったのか、と
天蓬は驚いたが、どれだけ滞在するか分からないとはどういうことだろうか。
まだまだ不安定で落ち着けないものを感じていた。

2・3日して、やっと敖潤が姿を見せ、天蓬はほっとして敖潤を出迎えた。
「 お帰りなさいませ。」
安堵からとびきりの笑顔が零れた。
敖潤は黙っている。
「 どうかなさいましたか?」
天蓬が覗き込むと、敖潤はその身体を引き寄せて強く抱きしめた。
愛しげに、切なげに。
呻くような声が漏れる。
天蓬は敖潤の胸に顔を埋めていたが、気配が唯事ではないのに気付いて
自分も緊張していた。
多分これから ・・・ そう考えた。
悪くはないと思う。
それなのに捲簾の顔が思い浮かんでどうしようも無かった。
振り払おうと固く目を閉じた時、両肩に手を掛けられ、ぐいっと後ろに押し
やられた。
引き離された形であった。
「 何故 ・・・ ?」
「 悪かった。天蓬。」 呻くように敖潤が言った。
「 身体のことでお前を傷付けるような言い方をした。捲簾の件で気にして
いたのだろうに。・・・ だのにそれに追い討ちを掛けてしまった。
実戦に参加したら追放だと脅したのも間違いだったと思う。
お前は結局部下だけを戦場に送り出すことなど出来ない。」
「 そんなこと ・・・。」
「 だから天蓬、お前は軍に戻るんだ。」
「 出来ません。」 天蓬は頭 (かぶり) を振った。
「 閣下に追放されたのも本当ですが、自分でも限界を感じていました。
引退しようかと考えていた時だったのです。」
「 捲簾のことで ・・・ だろう?」
「 そうです。」
「 雷薄はもう居ない。東方軍の元帥がお前に謝罪したいそうだ。」
「 え ・・・ ?」
「 部下達も待っている。明日天界に戻ろう。」
「 そんな ・・・。」
天蓬は戸惑った。
恥ずかしそうにしながらも敖潤に確かめずにはおれなかった。
「 要らないと仰るのですか?」
「 そんな訳があるか。だが、軍と捲簾に未練を残したままのお前ではな。」
「 断ち切って見せます。」
しかし敖潤は首を横に振る。
「 お前が本当に捲簾に愛想を尽かした時で良い。それまで待つから。
それに、ここはもうお前のものだ。何時でも来て好きに使って良いぞ。」
「 閣下、この異界には自分の力では来る事すら叶いません。」
「 何度でも連れて来てやる。今までと同じだ。」
「 ですが ・・・。」
「 天蓬、良いものを見せてやろう。」
不意に敖潤が天蓬から離れ、先に少し歩き出してから手招きする。
一体何を、と思いながら付いてゆくと、宝物庫のようなところに着いた。
その中で更に金庫に納まった小箱を取り出し、敖潤は蓋を開けて見せた。
ガラスの小瓶が入っている。
「 滅我精という。秘伝の水薬という奴だ。」
「 何に効くのですか?」
「 記憶の削除。一般的な言語や知識を残し、それまでの人間関係や自身
の経歴の一切を拭い去る。」
敖潤は厳しい顔をしてそう言った。
「 言っておく、天蓬。お前が今度私のものになると決めたときには、私は
お前にこの薬を飲ませるぞ。
そこまでの覚悟が出来たら、もう一度言いに来い。」
天蓬が何か考えている顔つきで敖潤を見詰めている。
澄んだ碧の瞳が不安げに揺れていたが、視線を外すことはしなかった。
「 何だ。今直ぐが良いとでも思っているのか。」
「 憧れはあります、閣下。自分の道程は血塗られたものでしたから。」
敖潤は頷いた。
「 天蓬元帥をこの世から掻き消してしまいたいか。」
「 出来れば ・・・。」
「 捲簾ごとか。」
「 ・・・・・。」
天蓬はそこで答えに詰まった。
捲簾 ・・・ 自分をこの世に繋ぎ止める思いがそこにある。
天蓬は強く唇を噛んで項垂れてしまった。
敖潤は険しい表情を緩めると、項垂れている天蓬に手を掛け、包み込む
ようにしてもう一度抱きしめてくれた。
「 今日はもう寝た方が良い。明日二人で天界に戻ろうな。」
「 閣下 ・・・。」
天蓬が敖潤に縋り付く。
「 今はどうにもしてやれない。苦しくとも持っていたい記憶なのだろう?」
「 多分、そうです。」
「 大丈夫だ。私がずっと傍に居てやる。どんな時にも居てやるから ・・・。」
天蓬は縋り付いた手の力が抜けないまま、その言葉を聞いていた。





天蓬元帥が戻られたと聞いて捲簾は一瞬ぱっと顔を輝かせたが、次には
複雑な気分に陥って、暫くは立ち上がれなかった。
「 何をなさっておいでです。お迎えに行きましょう。」 と永繕が誘う。
「 いや、いい。」
「 何故です。」 永繕は怪訝そうに捲簾を覗き込んだ。
「 あんなに望まれて、熱心に呼び戻しの工作をなさった貴方が。」
「 お前たちが行ってやれ。折角の感激の再会に俺が現れたのじゃ、天蓬
の顔も曇るだろう。目出度い気分に水を差したく無いから。」
捲簾はそう言うと、部下達と別れて自分の部屋に戻って行ってしまった。

西方軍の食堂に姿を見せた天蓬はまだ退官届けを出し、復職を承諾して
いない状態で、敖潤に着せられた着物のままであった。
先の厳しかった戦闘と、この何日間かの気疲れと、食事の取れなかった
日々、頻繁に起こした発熱のお陰で以前にも増して細くなっていた。
元々白かった顔を紙のように白くしており、その分唇の赤みが目立った。
それが瞳の色に合わせた翡翠色の着物を着て立っている。
何処からどう見ても元帥の帰還などという景色ではないが、さりとて、きつく
引き締まった表情には芸人やその他の人に媚を売る商売を連想させる点
が少しも無い。
ただ場違いに舞い降りた一輪の花といった風情であったが、それが大勢
の無骨な兵士達に囲まれて困惑し俯いてしまっていた。
「 戻って来て下さったんですよね?」 と確認されても、「 はあ ・・・。」 と
しか言えないでいた。
まだ統括本部と話し合いが着いておらず、民間人のような気分でいるの
だろうと皆は受け取ったが、連れて来た敖潤は怒っていた。
「 捲簾は何故現れない?」
業を煮やして傍に居る者に訊いている。
「 閣下、それは ・・・。」 天蓬が言葉を挟んだ。
「 無理です。自分が手酷く裏切ってしまいました。その上 ・・・。」
あとは言葉にも出来無い。
そこに、東方軍の陸康元帥が現れた。
戻ったという噂を聞いて早速のお出ましであった。
周囲から相当の圧力を掛けられて、絶対に戻せと迫られているとあって、
出迎えの時点で参加したかったらしい。
「 天蓬元帥が戻られたと聞いてお邪魔しました。」
人集りの中心を目指して入って来たものの、陸康は天蓬と面識が無かった。
天蓬が誰だか分からないまま、仕方なく敖潤を見付けて、「 天蓬元帥は
どちらに?」 と尋ねている。
「 目の前に。」 と敖潤は言った。
それでも陸康にはそれが誰を指すのか分からなかった。
人の表情に貴賎など読めない陸康は、敖潤が美貌の踊り子でも連れ込ん
でいるようにしか見えていない。
するとその踊り子が自分を見て 「 ボクがそうです。」 と告げた。
「 正確には退官して元帥ではありませんが。何か御用でしょうか?」
陸康は驚いて天蓬を見た。
確かに芸人には有り得ない意志の強い表情こそしているものの、これは
陸康の概念の中では到底元帥などと呼べるものではなかった。
「 貴方が先の討伐戦で手柄を立てられた ・・・?」
「 別にボクがという訳ではありませんが。討伐戦を制した軍は率いていま
した。」
視線を外しもせず、思ったことをいう奴だと感心し、やっと相手が天蓬元帥
だと納得出来た陸康は急に態度を変え、阿るように謝罪の言葉を口にした。
「 必要ありません。別に貴方の命令でしたことでなし。謝罪はボクが望んだ
ことでなく、統括本部の誰かが勝手に決めたことでしょう。」
言っているうちに不意に天蓬の頬に赤みが差した。
見知らぬ人物から慣れぬ謝罪の文言まで聞かされて、疲れが頂点に達して
しまい、熱が出掛かっている。
向かい合っていた陸康が最初に気付いたが、比較的近くに居て普段の
天蓬を知っている永繕も直ぐに異変を察した。
「 天蓬元帥・・・? ・・・ 謝罪も無事済んだことですし、到着された時のまま
ですから、兎に角部屋に参りましょう。」
「 部屋と言われても ・・・。」
天蓬は困った顔をした。
永繕の慌て方に敖潤も異変に気付いた。
「 天蓬は私の私室に住まわせる。行こうか。」 と天蓬を促す。
天蓬は兵士達と陸康に会釈をして出て行ってしまった。
何なんだあれは、と陸康は思った。
あれが、最強西方軍を率いる天蓬元帥なのか。
しかも、身体が弱いと来ており、西方軍の士官達もそれを良く承知している
様子だった。
きっと今までもあの男を庇いながら仕事をこなして来たのだろう。
あの手馴れた引き上げさせ方ときたら ・・・。
それで、天蓬を狙ったらあれほどまでに怒り狂って抗議してきやがったの
かとやっと理由が理解出来た。
それにしても ・・・ と陸康は天蓬の姿を思い出し考えた。
何とも美しい男だった。敖潤に隠れるようにして立っていたが、敖潤の愛人
なのだろうか?

敖潤の私室で休んでいた天蓬は、その後、統括本部に呼び出されて一人
で出頭して行った。
統括本部では復職を勧めるということは一切せず、退官届けが受理され
なかったとだけ天蓬に告げたが、痩せて顔色の悪い天蓬の様子に流石に
建前だけでは済みそうにないと判断したようで、希望が有れば聞くと言って
くれた。
天蓬は今回のサボタージュその他の部下達の行為を、一切咎めないこと、
正式な記録から削除させること、今後の経歴にもそれは問わないこと、と
いう約束を取り付けた。
こうして復職だか退官の停止だかが決まり、本部を出て行こうとすると、
呼び止められ 「 自分の待遇に希望は?」 と訊かれた。
「 ありません。」
天蓬は答えた。
「 騒ぎになってしまったことには陳謝致します。」





「 敖潤閣下。」
戻って来た天蓬が呼び掛けた。
「 只今戻りました。また部下として貴方様の下に入ります。宜しくお願い致
します。」
「 うむ。」
敖潤が頷く。
「 命令無視の件は、もう一度お詫び致します。」
「 それはもう良い。・・・ で、捲簾には会えたのか?」
天蓬は項垂れた。
「 避けられているようでまだ ・・・。無理も無いのですが。」
「 だったら、今私にしているように挨拶に行って来い。」
「 はぁ ・・・。」
「 現場では奴が上司なんだろう?挨拶は受ける義務がある。」
「 ですが ・・・。」
「 天蓬 ・・・?」 話しているうちに敖潤が怪訝そうな顔をして尋ねた。
「 こういうことには堅苦しいお前が何故私服なんだ?何故、軍服に着替え
て来なかった?」
「 それが ・・・。元の制服を取りに主計課に行くと既に焼却されたと言われ
てしまいまして。」
「 焼却 ・・・? 何のためにそんな ・・・。戻ると分かっていたろうに。」
「 いえその ・・・ 後ろの棚に有るのが丸分かりなのですがそういうことに。
新しくしてやるという意味なのでしょう。」
「 ほう ・・・?それは良い。」
敖潤は立ち上がって、戸棚の前に立った。
「 天蓬。髪は輪ゴムで束ねるものではない。それを外せ。」
そういうと、引き出しを漁り、飾り紐のようなものを出してきた。
「 括ってやろう。」
仕上がると、両の肩にその紐の端が下がっている。
「 そのまま行って来い。いくら馬鹿野郎でもこれなら反応するだろう。」
「 閣下 ・・・。」
「 良いから行け。それが未練で戻って来たのだろう。」
天蓬は俯いて頷いた。

一体どうすれば天蓬との関係を元に戻せるのかと捲簾は思い悩んでいた。
そもそも天蓬にその気が有るのか無いのかも今となっては分からなかった。
あいつにはやはり敖潤が良かったのだろうか、などと悶々としているところ
へ当の天蓬がやって来た。
高級そうな着物を着、それに合わせて髪も結わえているが、何時もとは違っ
て飾り紐を使って括っている。
敖潤のところでされていたままだな、と思った。
そのことは気に入らないのだが、それでもそうして立たれると美しいと思わ
ずには居られなかった。
ここまで綺麗だったとは ・・・ と改めて感心してしまう。
自分の着物に向けられた視線を感じて、天蓬が申し訳無さそうに言った。
「 済みません。挨拶に来たのですが、軍服が無くて ・・・。」
「 挨拶?」
「 もう一度元の身分で軍に戻ることになりました。現場ではまた貴方の
副官として働きたいのですが、許可して頂けますか?」
「 裏切り者の副官なんか要らないな。」
捲簾が怒ったように言う。
「 何時なんどきでも敖潤のところに逃げ戻れる副官に用は無い。」
「 そうですよね ・・・ 。」
天蓬は力なく呟いた。薄い肩を震わせている。
それでも天蓬は唇を噛み、震えを抑えて、
「 本当に済みませんでした。」 と謝まり、
「 それでは、復職の報告だけをしておきます。」 と部屋を出て行こうとした。
ドアノブに手を掛けた天蓬の腰に後ろから硬く締まった腕が回され、引き
戻されるように抱き締められた。
「 敖潤から事情は聞いている。お前が何故戻ったのかも。」
「 捲簾 ・・・。」
「 お帰り。良く戻った ・・・。」
「 許してくれるのですか?」 と天蓬。
「 ああ ・・・。」 捲簾が頷く。
「 やっと、俺の上官兼副官が帰って来た。」
「 副官に戻して貰えるのですか?」
囁くように天蓬が確かめる。
「 ああ。だけど確か最初の時、お前の命令で有無を言わさずそうされた
ような気がするがな。今度もそうすりゃ良かっただけなんじゃ ・・・?」
「 意地の悪い言い方を ・・・。」
少し気持ちの解れた天蓬が悪戯っぽく言い返した。
相手の緊張の解けたのを知って捲簾もほっとした。
それが言えれば大丈夫だろう。
捲簾は腰から手をずらしもう少し後ろをまさぐった。
「 でもお前、敖潤といた間 ・・・。」
天蓬は振り向いて、自分から捲簾の首に手を回し微笑んだ。
「 疑わなくても、ボクが男である以上、答えは簡単に分かるでしょう。
今直ぐ調べますか?」
「 そうだな。それが良いかも知れん。」
「 では、そのように ・・・。」
手を引き寄せ、顔を近づけると捲簾に唇を重ねる。
熱が引ききっておらず、何時もより少々熱い天蓬の体温が捲簾に伝わっ
てきた。
お帰り。もう一度心の中で呟く。
お前は俺のところに戻って来たんだよなぁ?天蓬。






















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   ―― 投 身 ――

   2007/10/10 天ちゃんの日 ( なのか?)
   天蓬心理分析 ( 独自解釈 ) 実験中
   written by Nachan

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   ブログへのリンク
   http://akira1.blog.shinobi.jp/

   素材提供:Heaven's Garden
   http://heaven.vis.ne.jp/










NOTE :

ええっと ・・・ 敖潤というより ( ← どんな人かまで知らんし!)、
ジープが天蓬に関わればこんなかなぁ、な話です。

実はこれ、ストーリーを書きたくて書いたものでも何でもありません。
その場その場の場面の、思い付きの綴繰り合わせです。
少しずつ思い浮かんだ場面を書き込んでいって仕上げたもの。
長〜く、遊んでいた所為で、約半月掛かって書き上げています。
究極の独り遊びの世界ですな^^

このお話のごく最初を書いた時、面倒臭くなって、一旦短編の
ギャグに仕上げて独立させてしまったのが、「 天蓬懲罰編 」 と
いう訳です。
だから、書き始めがそれより前、書き終わりがその後という関係
になるんですね。( それで、互いが互いのエピソードを含む。)
ま、言い訳っちゃ言い訳ですけど ・・・。