どたばたコメディ 1

天蓬懲罰編










鬼の霍乱という奴で、3日ほど休暇をとった捲簾が、やっと復帰してみる
と兵営内は何時もより静かで活気が無く、全体に何処と無く沈んでいる
ように感じられた。
調練の時間になっても一向に士気は上がらず、気怠いような雰囲気が
付き纏う。
何だよ、俺が3日間留守にしたらこうかよ?と、一瞬自惚れてみたが、よく
考えてみたら、ここは自分が来る前から良く統制の取れた部隊であって、
自分と直接関係があるとも思えなかった。
第一、自分の不在が寂しかったのであれば、もう少し復帰を歓迎されそう
なものだが、落ち込んでいる兵士達は捲簾の復帰にもどうやら気付いて
いない様子であった。
丁度、向こうから永繕が来るのを認めた捲簾は呼び止めて尋ねてみた。
「 士気下がってるね。見た目にも分かるほどじゃないの。どうしたんだ?」
永繕は、そうでしょうねという顔で頷いた。
「 大したことではありません。直ぐ元に戻ります。」
「 天蓬も見掛けないしさ。何処に行ったの?」
「 ええと ・・・ それは ・・・。」
永繕が答えに詰まった。
「 これ、ひょっとして、天蓬が居なくてこうなっちゃってる?」
捲簾が重ねて問い掛けると、困惑の度合いが益々強まった。
どうやら、天蓬絡みの、しかも余り大っぴらには口にしたくない種類の事情
があるらしい。
そう感じた捲簾は永繕を引っ張るようにして、てっきり鍵の掛かっていない
天蓬の執務室に連れ込み戸を閉めた。





「 これならよかろう。・・・ で?」
改めて問い直す。
「 天蓬元帥は、仕事上の不始末で懲罰中です。士気が下がっているのは
その所為です。」
「 仕事って ・・・ これ?」
捲簾は不在中の出来事を知ろうと今朝入手し、半分ほど読み終えていた
報告書を振って見せる。
内心それは無いだろうと思っていた。
報告書の記述は、それがどこといって変わった所の無い簡単な討伐戦で
あることを示していた。およそ天蓬の手に負えない内容でも何でもない。
その上書類では、天蓬の正確な指揮によって通常では考えられぬ短時間
で任務を終了したことになっていた。
それを指摘すると永繕は、
「 世の中には自分の所為では無い不首尾というものも御座います。」
と溜息を吐いた。
「 そもそも、元帥が懲罰って何だよ?懲罰下す側だろうが?」
「 敖潤閣下が直々に処罰なさいました。」
確かに身分に相応しくないのだろうが、西方軍には以前からそれもアリと
いう慣習があるのだと永繕は説明した。
そう言われても到底納得出来るものではない。
元帥ともなれば、手落ちがあったとしてもそれなりに処理されるだろうし、
それが上手くゆかなかったら、処罰されるというよりは、失脚するのが普通
ではないのか?
それを下級兵士並みに懲罰中って、何だよそれは?と捲簾は戸惑った。
「 まぁ、貴方様には分かり難いでしょうが ・・・。経歴云々に関係無い、折檻
ですね。元帥は良くない性癖をお持ちですので、敖潤閣下がそれを表立た
せずに矯正しようとされているんです。」
永繕に拠ると、これまでにもそんなことは度々起きており、公式な記録に
残らないというだけのことで、ある意味天蓬は敖潤による処罰の常習犯だ
という。
「 で、今回、天蓬は何したの?」
と訊いてみた。
「 遅れを取った部下を庇われて、自ら敵妖怪の矢を受けられました。」
「 え ・・・ ?そんなことで?」
「 いえ、その後の振舞いの所為でです。」
矢を受けた天蓬は鏃を体内に残したまま、矢だけを折り取って何食わぬ顔
で戦闘を継続してそのまま帰還し、更に手当てを嫌って負傷を申告せずに
自身で処置をしようとしたのだという。
その際、痛みの所為で短い気絶をしていたところを、運悪く意識を取り戻す
前に、結果を聞こうと出向いて来た敖潤に見付かってしまったというのが
事の顛末らしかった。
「 文句無く現行犯逮捕ですな。」
付け足した言葉に、永繕がそれで良かったのだと思っているらしい気持ち
が垣間見える。
「 何だそりゃ? ・・・ そんなことが、ここではよく起きるってのか?」
「 何しろ人に弱みを見せるのが大の苦手で、病練なんて糞食らえな御方
ですから。ここ最近は口喧しく目敏い貴方様のお陰で、そういうことも無く、
我々も忘れ掛けて居りましたが。」
口喧しく目敏いと言われたことを気にする余裕も無く、捲簾は天蓬がどう
しているのかを案じた。
「 敖潤閣下は元帥が傷を放置されるのを極端に嫌われますからね。
今回は、重傷であったのに隠そうとしたということで煮え繰り返ってしまわれ
たようで ・・・。そのまま御自身で襟首を掴んで引き摺ってゆかれました。」
「 ってことは、懲罰房なのか?」
捲簾はつい、天蓬の儚げな細い身体を想像し、そうはあって欲しくないと
思いながら確かめた。
「 ああ ・・・ いえ、あそこは ・・・。」 と永繕は咳払いをした。
「 不潔だというので、敖潤閣下はお使いになりません。」
「 ふーん ・・・ ?」
「 湿気っていてネズミも出ますので。元の原因がお怪我ですし。」
「 じゃぁ、一体 ・・・。」
「 古い方の営倉です。」
使われて無いだろうに、何かの間違いではないのかと捲簾は聞き直した。
だが、今は西方軍の倉庫となっているその建物は、一番奥の部屋だけが
天蓬元帥専用の営倉として現在も使われているのだという。
「 専用 」 とはまた、どういう意味なのだろうと捲簾は訝った。
専用の営倉があるくらいだから、自分が来るまでしょっちゅうぶち込まれて
いたには違い無さそうだったが、それは通常より重い罰なのだろうか、それ
とも階級の高さに免じて少しはマシな所なのだろうかと気が揉めた。
「 どんなところなんだ?」
「 存じません。立ち入り禁止です。」
「 禁止令が出てようが、天蓬専用の営倉にされているくらいなら、お前が
行ったこと無い訳がなかろう。」
そう迫ってみると、あっさりと行ったことがあるとは認めたが、部屋が2重
になっているため中を窺い知ることが出来なかったと答えた。
ただ永繕が一つ目のドアが開いた時、覗き見て知っている範囲では、壁
が鉄板で補強された重々しいところで、何か鎖のようなものが束ねられて
置いてあるのだという。
「 内側のドアは最初のを閉めてから開けられるので、その中は見えま
せんでしたが。」
何だ、永繕も本当に知らないのか、と思ったが、それでも懲罰の内容が
気に掛かって仕方が無い。
「 その ・・・ 折檻って、どんな ・・・ ?」
「 さぁ ・・・ 誰も見た者が居ないので、我々にも内容は分かりません。
それでも、そこに入れられた天蓬元帥は何時も、懲りられ、少し大人しく
なってお戻りになられますから、多少の効果はあるようです。」
そうなのか ・・・ と捲簾は少々ぞっとしていた。
あの天蓬が大人しくなるような折檻というのが益々気に掛かる。
「 可哀想だとか思わない訳 ・・・ ?」
「 お気の毒ですが、その懲罰は必要でしょうね。私も元帥が怪我を隠して
しまわれることに対して、前々から良い気はしておりませんでした。」
「 確かになぁ ・・・。」
そうは言ってみたものの、復帰早々で回らなくなっている頭に急に懲罰
だの折檻だのおどろおどろしい単語を次々に聞かされて、捲簾は混乱し、
ただ単純に天蓬に同情し掛かっていた。
どう考えても、あの可憐としか言い様のない容姿にも不似合いだと思う。
あの身体で営倉などに閉じ込められたら辛いだろうとも案じた。
第一その懲罰の対象になったという怪我はどうなったのだろう?と、その
ことも気に掛かる。
「 好きであんな風になった訳じゃ無し。誰かが追い詰めるから傷を負った
ところを見せなくなったんだろうに ・・・。」





結局、腹立たしくはあったものの、どうしても傷を隠す性癖が天蓬自身の
罪だとは思えず、また負傷そのものをも心配した捲簾は、その日の深夜、
営倉に潜り込んだ。
連れ出して問題が起きるものなら、せめて顔を見せて慰めてやろうと思っ
た。
教えられたとおりの奥の部屋を開けると、古ぼけた裸電球が一つぶら下
がっており、電球のねきに付いたスイッチを捻ると暗い灯火がぼおっと
灯った。
どうせ、夜中だし人は来るまいと、そのまま部屋を見回す。
成る程、元々が牢獄として建てられているだけあって壁も厚く、それでも
尚、所々鉄板で補強してあった。
古いなりに威圧感というものがある。
一角に鎖や枷の類が積み上げてあるのを見て、ちっと舌打ちし、その景色
に急かされるようにして、中のもう一つのドアに取り付いた。
先を曲げた針金を鍵穴に差し込んで探りを入れる。
先程の外側のドアに比べ、仕組みが複雑になっているようで、中々開か
ない。
手が滑って、カチリと金属の音を立ててしまった。
音に反応して、中で鎖を引き摺るようなガチャリという動きがあり、初めて
そこに人の気配が感じられた。天蓬が居る ・・・。
鎖を掛けられているのか? ・・・ と気配に耳を澄ますと、中から声がした。
「 敖潤閣下 ・・・ もうしません。2度としないと誓います。ですから ・・・。」
音の主を敖潤と間違えて許しを乞うている。
痛々しいその声に、捲簾は自分の心配が杞憂では無かったことを知って
胸の潰れる思いがした。
「 天蓬 ・・・。俺だ。敖潤じゃない。声を出すな。」 と制止を掛けると、
「 捲簾 ・・・ ?何で貴方が ・・・ ?」 と驚いたような反応があった。
「 直ぐに行くから ・・・。」 と捲簾は言った。
「 来ないで ・・・ 見られるのは嫌です。」
「 え ・・・ ?」
これは大変だと捲簾は焦った。
人に姿を見せられないようなことをされているのか?
何をされたんだ、どうしている ・・・ 捲簾は必死の思いで錠前をこじ開けた。
「 駄目です捲簾。開けないで下さい。」
しかし、とうとう捲簾は錠前を騙し、扉を開いた。





・・・ 中は ・・・。
・・・ つまり、
一言で言うと豪奢であった。

建物は古いが、その一部屋だけは綺麗にクロスの壁紙を張られ、落ち
着いた色で統一されて、床にも同系統の色の絨毯が敷かれていた。
御丁寧に先程表側から見ていた厳ついドアまでが、内側は綺麗に塗ら
れて、部屋の色調に合わされていた。
部屋全体が間接照明で暖かくゆったりと照らされており、空調も心地良く
効いている。
壁沿いに置かれたベットも上物で、いかにも寝心地が良さそうだった。
天蓬はそのベットに寝かされていた。
眼鏡を取り去られて焦点の合わぬ瞳が捲簾を探ってこちらを見ていた。
「 あ〜ぁ〜、入っちゃいましたか。
余り人に見せたくも無い姿だったんですが。」
天蓬はのんびりとした声でそう言った。
胸の傷には包帯が巻かれ、きちんとした手当てが施されているようだ。
ただ、手足に枷が掛かっており、起き出せない処置がしてあった。
枷の嵌っている部分が妙に白いような気がして、思わず手を伸ばして
触れてみると、ベビーパウダーがたっぷりと振ってあった。
どうやら、枷が擦れないように最初から付けられているらしい。
大した気の遣いようじゃないか!捲簾は力が抜けてゆくのを感じた。
傷の手当てがし易いようにか、下着以外は剥ぎ取られており、見たところ
周囲にも着ていた筈の服は置かれていなかった。
脱走を嫌って持ち去られているのだろう。代わりに、足から傷の手前まで
薄手のブランケットを掛けられて、快適にされている。
「 何なんだこりゃ?」
見れば枕元の枷の嵌まった手を動かせばギリギリ届く位置にボックス
チョコレートが一箱、蓋を開けた状態で置いてある。
捲簾は緊張感を削がれて、チョコを一つ摘み上げて口に入れた。
「 美味い。上物だ。」
「 煙草の代わりに、と敖潤閣下が置いて行って下さったものです。
でも、ボクの欲しいのは煙草です。もう丸2日間禁煙状態ですから。」
「 はぁ ・・・ ?」
「 それに、同じ期間、本も読んでいません。」
「 で ・・・ ?」 と捲簾。「 ただこうして寝ていたって訳?」
「 そうです。」
「 これが、お前への折檻?」
捲簾は呆れたという顔をして見せた。
「 充分堪えています。・・・ 捲簾、煙草を持っていませんか?」
天蓬が訊く。
「 持ってるがお前にはやらん。・・・ ったく、特別な懲罰中だって言うから
驚いて来てみりゃこれかよ!」 捲簾は唸った。
「 何なんだよこれ。無茶苦茶環境良いじゃないか。」
「 そりゃ、敖潤閣下がボク用に拵えて下さった懲罰房ですから。」
「 懲罰になってないだろ?」
「 治して下さろうとしているだけです。ボクが怪我を人に触らせたがらない
ので、拘束されたんです。煙草と本から引き離す目的もあるみたいです。」
「 あいつは ・・・。」 捲簾は吐き捨てるように言った。
「 何処までお前に甘いんだ?」
立ち上がろうとする捲簾に、身動き出来ない天蓬がそのままの姿勢で
見上げて、もう一度頼んだ。
「 もう行くんでしょう?煙草を咥えさせて下さい。お願いですから。」
その言葉に、捲簾は先程自分を狼狽えさせた天蓬の憐れな台詞を思い
出し、眉を顰めた。
「 お前さっき、敖潤と間違えた俺に煙草を強請ろうとしやがったんだな?」
「 捲簾 ・・・。」
それには答えず、情けないような声を出して哀願する天蓬に、振り返った
捲簾が屈み込んで軽く口付けした。
「 俺もこの設備が気に入った。お前には必要な気がする。」
言うと、捲簾はそのまま扉を閉めて出て行ってしまった。





1週間後、営倉から解放された天蓬は、やっと戻って来た上官を感激して
取り囲んだ部下達の前で、思う存分煙草を吹かしていた。
「 今回の1週間は長ごうございました。」
永繕が天蓬を抱きしめそうな勢いで横に立って嬉しそうにしている。
「 でも、貴方様には必要な折檻でしたから ・・・。」
そんなことを言いながら天蓬が差し替えた煙草に火を点けてやり、討伐に
参加する前に最後に読んでいたらしい本を差し出してやっていた。
天蓬は、「 有り難いですね。」 と優雅に笑っている。
挙句の果てに、鈴を振ったような爽やかで綺麗な声で
「 ボクも本当に懲りました。今度から身体を厭って戦闘にも自重しようと
思うんです。」
などと、太陽が西から昇ってもやれそうに無いことを平気で誓っている。
普段であれば、誰にも真に受けて貰えない内容であるにも関わらず、
その場にいた部下達はうんうんと頷きながら聞いている。
きっと敖潤に折檻されたと思っているので、天蓬が少しは萎らしくなった
と勘違いしているのだろう。
な〜にが折檻なもんか!と呆れ返りながら捲簾は聞いていた。
禁煙と読書断ちをしていただけじゃねえか!
多少寂しい思いくらいはしたのだろうが、懲りてなどいるものか、と思う。
しかし、次の部下の報告が、「 あの時遅れを取った者は厳重に言い聞
かせ鍛え直しておきました。2度と失敗はさせません。」 であったのを
聞くと文句を言う気も失せた。
まぁ、意地っ張りで自分に構い付けることの出来ない天蓬には、あの温
(ぬる) い上司の温い処置が丁度良く、それを懲罰だの折檻だのと言っ
て脅し付けておけば、部下達が震え上がって次の失敗を懸命に回避
しようとするとでもいうところなのだろう。
馬鹿馬鹿しいが、それで合っているような気がして、捲簾も自分の煙草
に火を点けた。




















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   2007/09/27
   どたばたコメディ 1
   written by Nachan

   無断転載・引用は固くお断りします。

   ブログへのリンク
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   素材提供:Heaven's Garden
   http://heaven.vis.ne.jp/










NOTE :

同じ作品 ( 通しNo.7 ) の書き直しバージョン。
会話の連続であった部分を文章に差し替えて、ある程度
纏まった説明にしてみました。
あと、「 ○○は 「 ×× 」 と言った。」 という形式を止めています。
昔の小説には良くあった気がするのですが、今は見掛けません
よね、それ。

内容が真面目であるハズは ・・・ ないわな、そりゃ! (^_^;)